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2010年1月11日 (月)

「なぜ」と問うな,「どうやって」と問え!

ワールド・カフェやAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)の本を読んでいて改めて思うのは,いい問いを発するところからいい学びが始まるということ。

そんなことを,そう言えば大学院時代に理科教育法で教わっていたっけ。

理科教育法で習ったのは,授業は「発問と教示の系列」であるということ。そして,教えたいことについて,生徒が持っている誤った知識や概念を利用すること。

例えば「すべてのものに弾性がある」ということを教えるとき,生徒が「絶対これは弾性はないだろう」というものを取りあげて授業を組み立てる。「これは絶対弾性がないだろうと思うものは?」と聞いて「ガラス」という返答が来たら,おもむろに演示実験を開始する。

実験用のスタンドを2つ用意し,細いガラス管を横にして渡し両端を固定する。ガラス管の真ん中におもりを少しずつ引っかけていくと,ガラス管は次第にたわんでくる。試しにおもりを外すと元に戻る。ガラスにも弾性があった! ここで生徒はちょっとビックリする。

でも,演示実験はそれでは終わらない。どこまで曲がるか? どんどんおもりを足していくと,あるところでガラス管が折れておもりが実験台に落下する。その時生徒はもっとビックリする。生徒にドキッとさせることも大事だと,そのとき教わったっけなー。

また,生徒に発問するときに「なぜ」「どうして」と問うてはいけないということもきつく言われた。「乾電池を2つ直列につないだら豆電球は明るく光りました。なぜでしょう?」ではダメ。「ここに豆電球と2つの乾電池があります。これで豆電球を最も明るく光らせるにはどうしたらいいでしょう?」と聞く。「なぜ」という問い方は,聞いた方が何を求めているのか曖昧で,答えるのが難しい。

理科教育法で習ったことをいろいろ思い出したが,振り返ってみるとあまり自分の授業には生かされてなかったな〜(汗)。もったいない…。

でも,MAPで生徒たちの学びをサポートしたり,教師の自主研修をファシリテートするようになって,あらためて自分の「問い」の質を上げる必要性を感じている。20年前に学んだことが,今,意味を持って自分の前に立ち現れたということかな。

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