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2012年3月の7件の記事

2012年3月25日 (日)

自閉症の妹を撮ったドキュメンタリー「ちづる」仙台で上映会

世界自閉症啓発デーにあわせて,宮城県自閉症協会が今年も映画を上映する。

映画『ちづる』公式サイト
http://chizuru-movie.com/index.html

公式サイトのムービーをまずはご覧ください。
そして,会場でお目にかかりましょう。

日時:平成24年4月1日(日)

   午前の部:10時00分〜11時30分
   監督講演:11時40分〜13時00分
   午後の部:13時30分〜15時00分

会場:仙台福祉プラザ 2階 ふれあいホール
   仙台市青葉区五橋2−12−2

料金:一般500円(宮城県自閉症協会の会員は無料)

申込みはこちらから→宮城県自閉症協会ブログ「映画「ちづる」上映会のお知らせ」

ホームページ「防災主任の学習室」立ち上げ

この度,「防災主任の学習室」という新しいホームページを立ち上げた。

防災主任というのは,宮城県教育委員会が,この4月からすべての県立学校に配置することにした防災担当教諭のこと。東日本大震災を受けて学校防災が大きく見直される中で新しく導入された役割なので,仕事の内容などはまだ明確になっていない。報道などによれば,おおよそ次のような役割になると思われる。

・防災面で学校と地域の橋渡し役(保護者,町内会,消防等との連携)
・災害に備えた緊急物資の確保など学校の防災機能強化と地域防災拠点機能の強化
・児童生徒の防災教育や避難訓練の企画・運営(自分で自分の命を守る主体性の育成)
・教職員向けの校内研修の企画・運営
・学校が避難所になった場合の運営サポート

県教委では,市町村教委にも配置を要請していて,4月から防災主任となる教諭は750名にも及ぶ見通しだ。その750人がどのような顔ぶれなのか興味があるが,おそらく,その中の相当程度の先生は,理科の教員ではないし,地学や自然災害の知識が特に高いわけでもないだろう。各校に1人しかいないので,学校で誰かに聞くわけにもいかず,前年度のファイルがあるわけでもない。学校では孤立無援。

となれば,学校の枠を越えて,防災主任同士が横のつながりを深めることで,なんとかやってていくしかないではないか。というわけで,インターネット上に防災主任が集える場があるといいなと思って作ったのが,この「防災主任の学習室」である。

同時に,Facebookには「防災主任の喫茶室」という秘密のグループもつくった。こちらは,私とFacebook上でつながりのある防災主任の皆さんに声をかけて,少しずつ参加者を増やしているところ。非公開の場で,いろいろやりとりができるといいなと思ってつくった。

学習室と喫茶室の2つの場を活用しながら,4月から始まる防災主任の仕事をしっかり務めていきたい。

2012年3月20日 (火)

「人が死なない防災」(片田敏孝・著)

Safari002人が死なない防災

片田敏孝・著
集英社新書

「釜石の奇跡」で知られる群馬大学教授・片田先生の新刊である。釜石の小中学生への防災教育がとても有名になったので,本書の内容も防災教育に関するものかと思うかもしれないが,それだけではない。題名の「人が死なない防災」の人というのは,子どもたちはもちろん,地域の人々全員を意味している。なので,本書の中で紹介される事例も,こどもたちのことだけではない。

災害によって地域の人が一人も死なないためにどうすればいいか。それを解く鍵は「主体性」にある。裏返すと,今の日本で生活している人は,昔の日本人より防災に対する主体性がないということだ。

どうしてそんなことになってしまうのか。自分はどうなのか。ぜひ,本書を手にとってお読みください。

Amazon「人が死なない防災」

■群馬大学・広域首都圏防災研究センター
 速報:釜石が繋いだ未来への希望−子ども犠牲者ゼロまでの軌跡−

3.11 キヲクのキロク −市民が撮った3.11大震災 記憶の記録−

Img_0930_2

2011年3月11日午後2時46分に発生した,東日本大震災。
それは,ごく普通の週末,金曜日の午後でした。
東日本大震災発生後,市民は何を見て,どんな想いで写真に収めたのか。
ご提供いただいた18,000枚の写真から,震災の中の生活ぶりを映した1,500枚をセレクト。
「市民力」が集結した,この「3.11」震災記録集を,全国の人々に届けたい。100年後でも忘れないために。

記憶を呼び覚ますたくさんの写真たち。

「あーそうだった,こんな生活だったよね」と当時の記憶が呼び起こさせられる写真があり,一方で「こんなことが起こっていたの!?」と今さらながら驚かされる写真があり。震災後に必死で生きていた市民が,その生活の目線で撮影した写真たちは,記録写真とは違うリアリティがあった。

ドラマティックな手記。

あの震災を体験した一人一人に,それぞれのドラマがある。どれも傾聴に値するストーリーで引き込まれた。震災は多くの人の価値観を変え,行動力を高めた。自分も同じだと思った。

読み応えのある資料編。

地層に記録された津波の痕跡から,仙台平野の1,000年以上にわたる災害の歴史を振り返る,仙台市教育委員会文化財課の木村浩二氏の解説。そして,4年後の災害を見通していたかのような2007年の新聞投書記事を書いたメディア文化史研究家の渡邊慎也氏のお話。とても読み応えがあった。宮城県沿岸部の津波浸水エリアマップも使える資料だ。

市民の力でできあがったこの本。
311の貴重な記録のひとつである。
ぜひ,被災地以外の多くの皆さんに,手にとって,しっかり味わってほしいと思う。

Amazon「3.11 キヲクのキロク」

「3.11」市民が撮った震災記録

2012年3月17日 (土)

見知らぬ人からも支援を受けられる「緊急時サポートブック」

Microsoft_word001東日本大震災では,多くの児童生徒が学校で被災した。しかし,こどもたちが学校にいる時間は生活時間の中のごく一部でしかなく,むしろ学校にいない時間に被災する可能性のほうが大きい。

特別支援学校の生徒の中にも,一人で通学したり,帰宅後に家で一人で過ごしている生徒は少なくないので,地震などの災害時,自閉症などの障害のある特別支援学校の生徒が,その場に居合わせた見知らぬ誰かに緊急に助けを求めなければいけないケースも起こりうる。

そんな時に使ってほしいのが,この「緊急時サポートブック」。

緊急時サポートブック(WORD版)

※レイアウト内のシンボルは、ドロップレット・プロジェクトのDropsを利用しています。 http://droplet.ddo.jp/drops/

このサポートブックは,本人を知らない第三者が支援するときに必要となる情報を,コンパクトにまとめられるようになっている。WORDのファイルなので,保護者がWORDで必要な情報を入力して完成させる。(PDF版はこちら

1ページ目から4ページ目までを縮小印刷して,うまくレイアウトしてA3の用紙にカラーコピーすると,折りたたんだときに8ページの折り本にできる。5ページ目の「通学路の概略地図」は,その裏面に印刷する。

印刷・製本のしかたはこちらを参考に。

旅行のしおりの作り方 http://travel.searchlight-jp.com/archives/200808/27-2349.php

この「緊急時サポートブック」を,通学カバンやいつも身につけているウエストポーチに入れておき,必要な時に取り出して使うことで,本人を知らない人からでも適切なサポートを受けられる可能性が高まるだろう。また,本人が自分から出せなくても,避難できずに困っている様子を察知した人が,カバンを開けてサポートブックを見つけるということも考えられる。

本人だけでなく,保護者も同じものをつくって保管しておくと,例えば避難所で生活することになったときに近隣の人にそれを配って,配慮や支援をしてもらうことができる。学校では,個別の教育支援計画の様式の一つとすることで,個人のファイルに保管されることになり,毎年保護者と見直す機会も保証される。

この3月,進級を機会に,ぜひこのサポートブックを作成して活用してほしい。枠の大きさや内容は,一人一人に合うように自由に改変OK。使うときは,コメント欄にひと言いただけるとうれしいです。

※この緊急時サポートブックを作成するにあたっては,きらママさん,tomjerry_momさん,REIKOさんに,実際に使っていただきながらアドバイスをいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

2012年3月16日 (金)

学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き

Safari001東日本大震災から約1年となる平成24年3月9日,文部科学省は「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き」を公表した。

「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き」の作成について(文科省)
 http://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/1323513.htm

東日本大震災は学校管理下の時間帯で起こった災害としては過去に例を見ない規模であった。大川小学校では全校児童の7割にあたる74名が犠牲になり,これは学校管理下で児童が犠牲になった事例としては戦後最悪と言われている。

釜石の奇跡のように,津波に襲われながらも何とか児童生徒の命を守った学校もたくさんあったが,震災後には,学校における危機管理マニュアルの内容の不備がいろいろ指摘された。文部科学省ではこれまで,大阪教育大付属池田小学校の児童殺傷事件を受けて不審者侵入対策に関するマニュアルを作成していたが,自然災害に関するものはつくられていなかった。

そこで今回,東日本大震災の経験を踏まえて,地震や津波等の二次災害から児童生徒の命を守るためにどのような準備をしておくべきかを示したものが「学校防災マニュアル作成の手引き(地震・津波災害)」である。手引きでは,時系列に事前の危機管理・発生時の危機管理・事後の危機管理の3つに分けて,必要な準備や留意点を示している。

また,表紙と裏表紙に書いてある次の4点は,このマニュアルで強調されている大切なポイントである。

・地域性を反映した学校独自のマニュアル作り
・避難訓練の実施・評価・マニュアルの改善
・学校の全教職員が参加するマニュアル作づくり
・保護者・自治体・専門家・自治会等との協力


2012年3月11日 (日)

2012年3月11日に思うこと

春夏秋冬と季節が一巡りして,また3月11日がやってきた。

これから先,毎年こうして3月11日を迎え,あの日のこと,あの日からのことを思い出すんだろう。季節や月日は繰り返され,3月11日は毎年やってくるけど,それは同じところに戻ってくるということではない。らせん階段を歩くときのように,グルグルと回りながら昨年とは少し違うところを歩いている。今日の自分と,あの地震が起こったときの自分は違う。(そう書いておかないと昨年の3月11日に戻ってしまいそうな気がして少し怖い)

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震とその後の津波で,とても多くの命が失われた。と同時に,とても多くの命が守られた。あの時かろうじてつながった命が,やがてたくさんの命を生み出していくこどだろう。私も,そういう津波サバイバーの子孫の一人だ。

私の曾祖父は岩手県田老町の出身である。田老町は明治三陸地震津波,昭和三陸地震津波など過去何度も津波の被害を受け,津波から町を守るために要塞のような防潮堤をつくったことで知られている。しかし,今回の津波でその要塞は破られ,多くの人命が再び失われた。明治三陸地震津波が起きたとき曾祖父は18歳。家族と共に津波に飲まれた。他の4名が流されて死亡した中,曾祖父は偶然にもケヤキの木に引っかかって九死に一生を得た。もしこの時,曾祖父がそのまま流されていたら,祖父,母,私,そして私のこどもたちは生まれてくることはなかった。生き残った命がつながっていく。それは希望だ。

今回の地震の半年前に,津波の夢を立て続けに2回見た。2回とも自分は高いところにいて,津波が来るのを見ているような夢だった。今まで津波の夢なんて見たことがなかったのであの時は不思議だったけど,私の先祖からのお告げだったんだろうと今は思う。120年前の先祖の過酷な体験の情報が,私の細胞一つ一つのDNAに刻み込まれているのかもしれない。

今回の東日本大震災は,多くの日本人の日常や価値感,生き方に影響を与えたと思う。

私もそうだ。行動を選択する上での優先順位が変わり,今あること,生かされていることへの感謝の念を覚えることが多くなった。また,自分自身が仕事の中で大切にしてきたことがどこにつながっていくのか,今まで分からなかったことが明確になった。

・高校の地学の教員としての自分
・特別支援学校で自閉症について学び続けてきた自分
・MAP研究会で体験型の学びについて学び続けてきた自分
・JRC(青少年赤十字)の指導者としての自分

20年間の教員生活の中で,自分が大事にしてきたこの4つのこと(私の強みといえるかもしれない)が,あまりにも互いにかけ離れていて,自分がどこに向かっていくのか分からなかったのだけど,これら4つのことが,今回「防災(教育)」というキーワードで一つにつながった。スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った「Connecting the dots」(人生の点と点をつなぐ)が,私にも起こった。

文部科学省が「学校防災マニュアル作成の手引き」を作るので手伝ってほしいと言われて,昨年の12月から3ヶ月にわたってその仕事に携わることになったが,この仕事の中でも,上に書いた4つの自分がすべて顔を出した。

残り15年ぐらいの教員生活は,きっと防災が中心になっていくと思う。きっとそれは,私のご先祖様の導き(申し送り事項)なのだろう。今回の震災で,先生を信頼しながら亡くなってしまったこどもたちを弔う意味も込めて,次の災害で子どもたちの命が奪われることがないように,与えられた責任を果たしていきたい。非力かもしれないが,それでもいい。自分のベストを尽くそうと思う。

今日は日曜日。子どもたちは「6年生を送る会」に出かけていく。妻はスコップ団の活動に出かけた。
私は1人で家にいて,新聞を読んだり,お茶を飲んだりしてゆっくり過ごそう。
午後に家族がそろったら,写真を見ながら震災後の生活を振り返ろう。
感謝と共に。

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