Twitter

最近のトラックバック

友人

« Voice4uの自作データがバップアップできるようになりました! | トップページ | 自閉症・発達障害児者の支援ツール「コミュメモ」についての講演会を行います! »

2013年6月15日 (土)

6月12日:震災体験を伝えるということ

6月12日。1978年宮城県沖地震の起きた日です。当時小学6年生。地震の揺れは私が暮らしていた日本海側の鶴岡市にも伝わってきました。鶴岡では震度IV。東日本大震災を体験するまで,私の経験した最も大きな地震でした。

私が小学生だった1970年代の鶴岡は,1964年に起こった新潟地震の記憶がまだ鮮明で,避難訓練の度に担任の先生が新潟地震の経験の話をしてくれました。校庭で地割れが起こってこどもが挟まったという話には恐怖を覚え,宮城県沖地震の時に小学校の校庭で野球をしていた私は,この足下の地面が裂けたらどうしよう…と心配しながら三塁ベースの近くで揺れに身を任せていた記憶があります。

時が経って宮城県で高校の地学の教員になり,地震の単元になるときには,宮城県沖地震のときに何をしていたか,と周囲の先生にインタビューをして,それを単元の導入で使わせてもらっていました。修学旅行の引率中で,旅行先で一晩を過ごして仙台駅に帰ってくるまでがとても長かったと教えてくれた女性の先生,もう退職されているけど元気かな。幼稚園児で仙台市ガス局のガスタンクが爆発したのを見ていたという養護教諭の先生,フルーチェを作っている最中に地震が起き,地震後に台所に戻ってみたらフルーチェの中に棚からいろんなものが落ちていて悲しかったと言っていた講師の先生。そういう一人一人のエピソードは記憶に残って忘れられないものです。

うちの学校では今年から「学校安全計画」をしっかりと作成して,それに基づいて防災教育を行っています。6月12日(の前後)には,宮城県沖地震のことを朝のHRや帰りのHRで教えるということになっていて,うちのクラスでも,その指導を行いました。

朝の会では,女性の担任の先生から(小学1年生だったそうです),お友達がブロック塀の下敷きになって亡くなった話と,おばあちゃんの畑が液状化で大変なことになったという話がありました。私からは,帰りのHRのときに,宮城県沖地震の概略について(マグニチュード,震度,死者など)を東日本大震災と比較しながらお話しした後,ホワイトボードにブロック塀が壊れる絵を描いて,道路で地震が来たら何に気を付けるか,問いかけながら伝えました。

宮城県沖地震は,県民の多くが体験していて,それぞれにストーリーがあります。こういうストーリーを,さまざまな機会を捉えて伝えていくことが大事なんじゃないかなと思います。しっかりと授業時間を設定して行う防災学習も大切だけど,朝のHRなどのちょっとした時間に語られるストーリーにも,同じように力があると感じた6月12日でした。

« Voice4uの自作データがバップアップできるようになりました! | トップページ | 自閉症・発達障害児者の支援ツール「コミュメモ」についての講演会を行います! »

教育」カテゴリの記事

防災」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519609/57596027

この記事へのトラックバック一覧です: 6月12日:震災体験を伝えるということ:

« Voice4uの自作データがバップアップできるようになりました! | トップページ | 自閉症・発達障害児者の支援ツール「コミュメモ」についての講演会を行います! »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Flickr

  • www.flickr.com
無料ブログはココログ