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2016年11月13日 (日)

起床時の背中の痛みがなくなるまで

ちょうど今から2年前に,「筋肉痛の直りが悪い,朝起きたときに背中が痛い,は副腎疲労の初期症状だった!」という投稿をし,その2か月後に「筋肉痛の直りが悪い,朝起きたときに背中が痛い,と機能性低血糖」という記事を書きました。

当時は,起床時の全身痛や思考力・記憶力の低下,頭痛,めまいなどが2年ほど続き,それがもはや日常になってしまい,自分が健康だった頃のことは思い出せず,この体調不良が治るということがあるのかと疑いたくなるほどでした。しかし,今は逆に,体調が悪かった頃の感覚が思い出せないくらい回復しています。まあ,歳のせいか「絶好調!」というほどでもありませんが…。

この記事では,どのようにして今回の体調不良から脱することができたかを,振り返って書いてみたいと思います。といっても,何が決定打だったのか,そもそも決定打というものがあったかどうか,はっきりと認識できているわけではありません。おそらく,体調が改善した理由を一つに絞ることはできないのだと思います。途中,半年間の病気休暇をいただいて,身体と心を休めることができたことも良かったと思います。その病気休暇の間に,いろんな本を読んだり,カウンセラーと話をしたり,生活習慣を改善する中で,体調不良が徐々に軽減していったというのが現実です。

しかしその中で,今,振り返ると大きなポイントだったかなと思うのが,次の4点です。

1)痛みに対する考え方を変える
2)筋肉と呼吸,自律神経を整える習慣
3)心を調える習慣
4)自分に備わっている生命力・自然治癒力を信じる

1)痛みに対する考え方を変える

全身痛がおさまる最初のきっかけは,カウンセラーに借りた1冊の本でした。ミステリー作家・夏樹静子さんの『椅子がこわい』です。この本は夏樹さんが腰痛を患ってから回復するまでの闘病記ですが,夏樹さんが最後まで納得できなかった「この腰痛は心因性である」という診断が,結局は一番正しかったというものでした。この本を読むことで,慢性の痛みには心因性のものがある(心身症)という見方を得ることができました。

続いて,この本の関連書籍をネットで調べていき,いくつかの本を読んだ中で,『サーノ博士のヒーリング・バックペイン〜腰痛・肩こりの原因と治療』と,その続編である『心はなぜ腰痛を選ぶのか〜サーノ博士の心身症治療プログラム』に辿り着きます。これらの中で,サーノ博士はTMS理論という腰痛についての新しい見方を教えてくれました。

TMS理論では,腰痛が椎間板の不具合などの身体的な問題ではなく,心因性のものであるとします。心理的な緊張によって腰回りの血流が減少し,腰の筋肉が酸欠になることで痛みが生じていると考えるのです。さらに,腰に痛みが生じる理由は,脳が意図的に腰の周辺の筋肉の血流を絞っているからだと言うのです。血流不足による筋肉の酸欠で痛みが生じているという考え方は,それまでの痛みの様子からすんなりと納得することができました。そして,身体的な問題ではなく,純粋に心理的に,いわば「幻の痛み」を作り出していると思うと,痛みに対する姿勢が大きく変わっていくのを感じました。

その頃のメモにはこう書いてあります。
「痛みはまだあるが,深刻ではない。前は、痛いなーどうして治らないんだろう…。今は、心が作り出している幻影と思うと、楽にやり過ごせる。日常生活はポジティブにできるようになった。」
それまでは「痛い,痛い」と痛みに注目してしまうことで余計に痛みを感じていたところが,実はその痛みには実体がないのだと思うことで,うまくやり過ごせるようになったということだと思います。

当時はトラムセットというけっこう強い痛み止めを飲まないと日常生活もままならない状態でしたが,痛みに対する考え方が変わったら,突然,痛み止めを飲まなくてもやっていけるようになりました。これには自分も驚きました。(もっとも,この時期はうつ病の治療薬としてサインバルタを飲んでいて,この薬もけっこう痛みに効くので,その効果もあったかもしれない)

ところで,これらの本には,腰痛などの心因性の慢性痛になりやすい性格としていくつかパターンがあげられていまして,それがまた自分に良く当てはまるので驚きました。特に自分に当てはまったのは,完全主義(完璧主義),善良主義,低い自尊心,深刻な劣等感の4つです。今ではこの4つの性格が,ADHD(注意欠如・多動障害)と関連が深いと理解できているのですが,当時はまだADHDの診断がなかったので,自分にこういう性格傾向があることは理解できていましたが,その原因までは分かっていませんでした。

2)筋肉と呼吸,自律神経を整える習慣

痛みに対する考え方を変えたおかげで,だいぶ楽にはなりましたが,痛みそのものはなくなってはいませんでした。

そこで,次にヨガやストレッチ,ピラティスなどの本を読みあさるようになりました。TMS理論によれば,私の背部痛や下肢痛は,脳がその部分の血流を絞っているために起こります。であれば,それらの部分の血流やリンパの循環をよくすることで,痛みが楽になるのではないかと考えたのです。さらに,背中に痛みがあると,どうしてもその周辺の筋肉が緊張して呼吸が浅くなります。そこで,ゆっくりと深い腹式呼吸をすることで,筋肉をほぐすとともに,血液に新鮮な酸素を呼び込むことができるのではないかと考えました。

起床時には乾布摩擦ラジオ体操で血流を改善して筋肉を目覚めさせ,その後に瞑想(腹式呼吸)を行うという習慣ができました。さらに,就寝前にはストレッチやヨガで筋肉をほぐしてから寝ることで,睡眠の質を良くするようにしてみました。この生活習慣は,病気休暇があけて仕事を再開しても,基本的には続けています(乾布摩擦以外)。今は,起床時の痛みはほとんど感じないか,わずかに感じる程度までに改善しました。

3)心を調える習慣

完全主義(完璧主義),善良主義,低い自尊心,深刻な劣等感のある人は慢性痛になりやすいという指摘は,まさに自分を言い当てられている感じがします。そこで,さまよいがちな自分の心をもう少し安定させる必要性を感じ,瞑想に関係する書籍にも手を伸ばしました。ところが,本に書いてあるとおりにやってみるのですが,なかなかうまくいきません。しかし,『からだに聞いて こころを整える』という本に出会って,やっと自分なりの瞑想を手に入れることができました。

瞑想では,過去を悔やんだり未来を憂えたりする心を手放し,今,現在に自分を置き続けます。心を「今,ここ」に留め置きながらゆっくりと腹式呼吸をしていると,頭の中がスーッとクリアになっていくことを感じることができました。それは,例えて言うと,泥が舞い上がって茶色くなっている水が,泥が沈んでいくにしたがって澄んでいくようでした。脳の中の泥とは,いろんな思考の断片です。いつも私の頭の中にはいろんな思考の断片が舞っていて,常に見通しが悪く,忙しく,それによって疲れてもいたのですが,瞑想をすることで,それらの思考の断片が沈殿していき,静かで落ち着いた脳を手に入れることができるようになりました。

瞑想がうまくできるようになると,日常生活の中で心が未来や過去にいってしまって,不安や後悔に襲われることがあっても,瞑想の場面を思い出して心を今に引き戻すことで,不安や後悔の堂々巡り思考を切り離すことが出来るようになりました。これは精神衛生上非常に効果的でした。ついでに,夜,いろんな思考が頭を巡って眠れないときも,腹式呼吸をしながら,自分を今ここに連れ戻すことで,すぐに寝付けるようにもなりました。

完璧主義や善良主義という性格は,どうしても自分を無理に追い込んでしまうことにつながり,その結果として,自尊心が低くなり,劣等感を感じる場面も増えてしまいます。先に書いたようにこれはADHDの特性でもあるのですが,瞑想を習慣にすることと,ストラテラというADHDの薬の効果によって,最近は,もっとユルい生き方ができるようになってきています。以前なら不安や後悔の堂々巡り思考が始まるような場面でも,「ま,いいか」と流して気にしないでいられることが増えました。

4)自分に備わっている生命力・自然治癒力を信じる

心身の不調が2年も続くと,ほんとうにこの不調は治るのかと心配になってきます。そんな弱気な心を支えてくれたのが,自然治癒力に関する書籍でした。この分野の本もたくさん読みましたが,その中でもこの2冊には大きな影響を受けました。

癒やす心、治る力〜自発的治癒とはなにか
シーゲル博士の心の健康法

『癒やす心、治る力〜自発的治癒とはなにか』には,人間に備わった治癒力と心の関係や,治癒力を引き出すいろいろな代替療法(針灸,オステオパシーなど),治癒力を引き出すための生活習慣,食習慣,サプリメントや生薬などについて詳しく紹介されています。『シーゲル博士の心の健康法』については,こちらの記事をご覧ください。

これらの本を読むと,心のあり方が健康にどれほど大きな影響を及ぼすかが分かり,それと共に,自分の生活習慣に取り入れた,瞑想や腹式呼吸,「今,ここ」というあり方が,心の健康だけでなく,体の健康にもダイレクトに影響していくんだという認識を得ることができました。また,機能性低血糖を防ぐための食生活と,自然治癒力を高めるための食生活はほとんど同じでした。この2冊は,体調を崩したときは何度でも読みたいと思っています。

最後に

約2年間続いた痛みは,最初は原因が分からずに途方に暮れるところから始まり,副腎疲労と機能性低血糖という見方に行き着いて自分の身に起こっていることを知り,そこからさらに心因性疼痛とTMS理論に辿り着いて,その原因と対処法を知ることができました。TMS理論に辿り着いてから,約1年が経ちますが,この1年で体の痛みはどんどん楽になっていきました。半年間の病気休暇の中で,いろいろ本を読み,生活習慣を改善する中で1日の生活リズムが大きく変わりました。起床時と就寝時に行う心身のメンテナンスの習慣は,今も続けています。

振り返って考えると,今回の経験は,人生前半の若い時代の生活パターンを,人生後半の老いていく時代の生活パターンに変えていく,そのターニングポイントという意味があったと思います。これからは,心と身体のケアをしながら,人生の後半戦をできるだけ健康に過ごしていきたいと思います。

最近,仏教の禅についての本を読みました。その中に,禅とは見返り(利益)を求めない,そして,見返りを求めずに行う日々の実践に意味があると書いてありました。目先の利益を求めて行う行動は,きっと長続きしませんね。利益が得られないと動機がなくなってしまうからです。でも,利益を求めない行動…私はそれを「習慣」というのだと思いますが…は,それによる明確な利益がなくても落胆しないので,淡々と続けることができます。そして,淡々と続けることで,結局,自分のため(利益)になっているのだと思いました。

起床時のラジオ体操と瞑想,就寝前のストレッチは,それぞれ30分ぐらいかかるので,時々面倒だなと思うこともあります。体が痛むときは必死でやりましたけど,今はそれほど痛くもないので,今日1日やらなくても,きっとあまり変わらないんじゃないかなという気もします。でも,「痛みを軽減するために行う」と考えるのではなく,「ただ淡々と行う」と考えるべきなのだろうと思います。そう思って,ほんとうに習慣になってイヤだという気持ちさえ起こらなくなるまで,ちょっと頑張って続けていこうと思っています。

2012年3月20日 (火)

3.11 キヲクのキロク −市民が撮った3.11大震災 記憶の記録−

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2011年3月11日午後2時46分に発生した,東日本大震災。
それは,ごく普通の週末,金曜日の午後でした。
東日本大震災発生後,市民は何を見て,どんな想いで写真に収めたのか。
ご提供いただいた18,000枚の写真から,震災の中の生活ぶりを映した1,500枚をセレクト。
「市民力」が集結した,この「3.11」震災記録集を,全国の人々に届けたい。100年後でも忘れないために。

記憶を呼び覚ますたくさんの写真たち。

「あーそうだった,こんな生活だったよね」と当時の記憶が呼び起こさせられる写真があり,一方で「こんなことが起こっていたの!?」と今さらながら驚かされる写真があり。震災後に必死で生きていた市民が,その生活の目線で撮影した写真たちは,記録写真とは違うリアリティがあった。

ドラマティックな手記。

あの震災を体験した一人一人に,それぞれのドラマがある。どれも傾聴に値するストーリーで引き込まれた。震災は多くの人の価値観を変え,行動力を高めた。自分も同じだと思った。

読み応えのある資料編。

地層に記録された津波の痕跡から,仙台平野の1,000年以上にわたる災害の歴史を振り返る,仙台市教育委員会文化財課の木村浩二氏の解説。そして,4年後の災害を見通していたかのような2007年の新聞投書記事を書いたメディア文化史研究家の渡邊慎也氏のお話。とても読み応えがあった。宮城県沿岸部の津波浸水エリアマップも使える資料だ。

市民の力でできあがったこの本。
311の貴重な記録のひとつである。
ぜひ,被災地以外の多くの皆さんに,手にとって,しっかり味わってほしいと思う。

Amazon「3.11 キヲクのキロク」

「3.11」市民が撮った震災記録

2011年7月24日 (日)

【新刊】大震災・自閉っこ家族のサバイバル(髙橋みかわ著)

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大震災・自閉っこ家族のサバイバル(髙橋みかわ編著)
ぶどう社
定価1600円+税

3時間で一気に読んだ。

さすがみかわさん,的確にまとまってる。仙台と石巻の自閉っこ​とその家族たちが,地震やその後の避難生活をどう乗り切ったか。​これからの災害に備えて学べることが,本の中にたくさんちりばめられている。

1章 ライフラインのとまった街で
   我が家の3・11…あのときなにがあったのか

2章 ブログとメールでつながりあった
   みかわ屋通信の1カ月

3章 津波に襲われた街で
   家は浸水したけど、家族で一緒に暮らせるなら
   震災は障害を軽く越えた!って感じ

4章 地域の避難所で
   中学校で:娘の頑張りとみなさんの理解で
   支援学校で:息子に寄り添い続けて
   学校を避難所としてひらいた先生たち

読みながら少し涙ぐむ。自分も震災直後のことをいろいろ思い出した。震災後4ヶ月でけっこう忘れているものだ。こうやって当時を思い出すと,今から次に向けてやっておくべきことがいろいろあるなーと再確認した。例えば特別支援学校は,災害時に在校生や卒業生,地域の人を受け入れるための備蓄をしておく必要がある。今回はそれがまったくなかった。

こういう本が必要だと思っていた。震災直後からずっと。

自分がつくらなければいけないと思った時期もあったなー。地学の教員で防災教育にもかかわっていて,自閉症のこどもたちとのつながりもある。実は,本を作るとしたら,どんな章立てで誰に原稿を頼んで…なんてメモもつくっていた。ところが,学校が始まるとそれどころではなくなって…。

でも,私じゃなくて,みかわさんがつくって大正解〜!

震災後3ヶ月で印刷に回すというスピード出版だったが,本当によくまとまっていると思う。当時のメールでのやりとりや,それぞれの手記はとてもリアルで,読みながら当時の日々をもう一度追体験したような気持ちになった。皆さんも,この本を読むと地震の瞬間やその後の被災生活を仮想体験できると思う。

未曾有の大震災に「次」はないことを祈りたいが,地震列島日本に住んでいる限り,誰もこの震災を他人事で済ませることはできない。東海・東南海・南海地震が連動したときの被害想定では,今回と同じぐらいの死者数が見込まれている。今回の震災が想定外だったように,専門家も思ってもみない場所で,次の大震災が起こるかもしれない。

ぜひこの本を手にとって,被災地で起こったことを仮想体験し,「次」への対策を練ってほしい。今,学校で学んでいることが,震災時にどう生きるのか,生きないのか,じっくり考えてほしい。

2010年1月 3日 (日)

ワールド・カフェをやろう!(香取一昭・大川恒 著)読了

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ワールド・カフェをやろう!(→Amazon
会話がつながり、世界がつながる
香取一昭・大川恒 著
日本経済新聞出版社(1,600円+税)

「これから会議を始めます」と言われて「ヤッター<3」と喜ぶ人は手を挙げて。 はい,ほとんどいませんね。私もご多分に漏れず,いわゆる会議や,聞かされるばっかりの研修会などは大嫌い。ところがそんな私が,今は職場で会議を主催する側になってしまった。どうせやるなら楽しくて意味のある会議にしたいとずっと思ってやってきたが,今一つの壁にぶつかっている。その壁を乗り越えるヒントが得られそうだと手にしたのがこの本だ。

ワールド・カフェというのは,世界のカフェを旅することではない。大人数(16名〜何人まででも)で行う話し合い(ダイアログ)のことである。参加者は4人程度の小グループになって,あるテーマについて話し合う。次にそのグループを解体して別な4人組になり(旅人になる),前の話し合いを土台にしながら新たなメンバーで話し合う。次に,元の4人に戻って話し合いを続ける。そして最後に全体で共有する。

今私がぶつかっている壁というのはこうだ。研究授業の事後検討会で,高等部の50名の教員が話し合いをする。いくつかのテーマごとに5〜10名の少人数に分かれて話し合いをし,最後に各グループの議論をフリップ1枚にまとめて2分間で発表してもらって共有する。

このようなやり方だと,確かに話は盛り上がり,笑顔や笑い声の多い楽しい雰囲気で時間が過ぎていく。一人一人に発言の機会があり,検討会が終わった時点での一人一人の満足度も今までのやり方よりはずっと上だ。しかし,議論が発散したまま収束しないことがあり,そこのところを何とかしたい。アンケートにも「全員で話し合ったような気がしない」という意見を寄せてくれた教員がいる。

少人数での話し合いを土台にしながら,それぞれの議論から全体で学ぶべきものをうまく収穫できないか? これが最近の私の興味である。

ワールド・カフェというやり方は,この点で重要な示唆を与えてくれた。話し合いの小集団を一度解体して,また元に戻すというやり方で,私の感じている壁を越えることができるかもしれない。

3学期には今年1年の研究を振り返る話し合いを何度か行う予定だ。その話し合いをワールド・カフェでやってみよう。高等部の他の教員にも,話し合うって楽しいな,自分が成長するなと思ってもらえるようになるといいな。

2010年1月 2日 (土)

やすらぎの長寿考(吉永馨・著)読了

Yasuragi
老いも病もこわくない やすらぎの長寿考
吉永馨・著(里文出版)

縄文時代の日本人の平均寿命は何歳か。

本書によれば,15歳ぐらいだったそうだ。平均寿命が15歳と言っても,もちろん15歳ぐらいでみんな死んでいたわけではなく,乳幼児死亡率が極端に高いために,平均するとこの数字になるのだが。

その後,日本人の平均寿命は徳川時代に30歳,明治時代に30代後半,大正時代に40代前半,戦後の昭和22年で初めて50歳を越え,今や男性が79歳(世界4位),女性が86歳(世界1位)である。

長寿は人類長年の夢であり,それが実現したことを喜ぶべきだというのが著者の基本的な考えだ。著者の吉永馨氏は内科医で,東北大学の教授,東北大学医学部附属病院長,東北労災病院長などを歴任した方だ。ガン患者やその家族などとの交わりも多く,死(エンド・オブ・ライフ)についてのいろいろな角度からの考察はとても勉強になる。

アルフォンス・デーケンさんについて紹介した20節から引用する。

なぜ死を学ぶのか。ガンになったときに慌てないためだけではありません。生を理解し、生を全うするためです。生と死は裏表ですから、死を学ばなければ生が分からず,その得難さ、有難さ、尊厳が分からないからです。死をタブー視している限り、生を尊重する気風は起こらず、生は軽視され、ときに無視されます。

目次からも,いくつか引用する。

聖賢の教え/不老長寿の秘薬/コロリ願望/天国と地獄/ガンは怖いか/別離の悲しみ−ビリーブメント/アルフォンス・デーケン/エリザベス・キューブラー・ロス/脳死と植物状態/脳死と臓器移植/安楽死法/骨髄バンクと臍帯血バンク/死後はどうなる−日本の俗言/死後はどうなる−臨死体験/死後はどうなる−霊とは/死後はどうなる−ガンの終末期

このようないろいろな角度からの考察が64編にまとめられている。ひとつの話題が2〜3ページにまとめられていて,一般の人にもとても分かりやすく書かれているので,考えさせられるような内容でも気軽に読み進めることができた。特に印象に残ったのは,平均寿命の話と臨死体験,そしてガンの終末期の話だ。

あとがきには,「老化や死を恐れていては人生を楽しめない」,「学んで知ればそんなに怖くはない」ということが書かれている。昨年末に胃カメラを飲んだ私としては,本当に勇気づけられる本であった。

長寿金メダル【産経妙】(ブログ:時事(爺)放題)
http://bit.ly/6zFkjb

吉永馨のホームページ
http://www.k3.dion.ne.jp/~lodge/

2009年12月29日 (火)

Nike+iPod Sensor を購入——iPhone をジョギングのお供に

昨日,仙台向山高校の地学部OBOGの飲み会に参加した。

16〜17年前の教え子たちだ。もうみんな30歳代で来年の年男と年女もいる。毎年2〜3回会っているが,最近は飲み会のときの話題も,子育ての話が多くなってきた。

飲み会の場所が仙台市役所の近くだったので,定禅寺通りのメディアテークの近くに車を駐めて,飲み会に行く前に AppleStore Sendai Ichibancho に寄った。

お目当ては Nike+iPod Sensor である。Nike+iPod というのは,Nike のシューズの中にセンサーを入れて,ジョギングやウォーキングのデータを iPod や iPhone で管理するというもの。詳しくは,ちょっと古い記事になるがこちらを参照してほしい。

【レビュー】三日坊主にならないスポーツキット「Nike+iPod」
http://journal.mycom.co.jp/articles/2006/08/02/nike/index.html

ところで,なぜこれを買ったのかというと,「体温を上げると健康になる」(→Amazon)という本を読んだから。

Taion
「体温を上げると健康になる」
齋藤真嗣・著
サンマーク出版

おおざっぱに内容を説明すると「健康な人の平熱は36.8±0.34℃であり,それに比べて現代人は低体温だ。低体温だと免疫力が低下し,ホルモンバランスも崩れるので病気を招きやすい。体温を上げるには基礎代謝を上げるのが効果的で,そのためには筋肉をつけることだ。」というのが本書の主張。本を読むと,そのために具体的にどんなことに気をつければよいかがいろいろ書かれている。Amazonのカスタマレビューでは,★5個から★1つまで賛否両論だが,読んでみて妥当だというのが私の印象だ。

最近,胃をこわしたりして,自分の健康状態に不安を抱いている。若いころに比べて筋肉が落ちていることも実感しているので,与えられた人生の時間を全うするためにも,毎朝,自分の体のために時間を投資してもいいかなと思った次第。で,どうせやるなら楽しくやりたいので,Nike+iPod というわけ。

まだ Nike のシューズは買っていない。今日,ayuを矯正歯科に連れて行く予定があるので,その時にモールを探してみよう。

2009年12月13日 (日)

気になる言葉:ワールド・カフェ

最近,私の周りでよく聞くこの言葉。

ワールド・カフェ。

絶対オススメ本(いわせんの仕事部屋)
http://d.hatena.ne.jp/iwasen/20091207/p3

校内研でワールドカフェ(もぐらのさんぽ)
http://d.hatena.ne.jp/kaisaki37/20091212/1260628668

こういうことが起こるときは,何かがあるんだね。

ということで,昨日,長町のザ・モールに行ったときに,紀伊國屋で本を一冊買ってきた。

Cafe
ワールド・カフェをやろう

香取 一昭/大川 恒 著
日本経済新聞出版社

2009年9月21日 (月)

ザ・ギバー 記憶を伝える者

むちゃくちゃ,おもしろい。
そして怖い。

Giver
ザ・ギバー 記憶を伝える者
ロイス・ローリー/作
掛川恭子/訳
ユースセレクション(講談社)

読み終えたあと,見慣れた景色が違って見えるくらい衝撃的な物語だ。

作家の時間でお馴染みの,いわせん(岩瀬直樹先生)やKAIさんのブログで,最近たてつづけに話題になっていた本。

今の日本は,この物語に出てくる「コミュニティ」のようになりつつあるのではないか。自分も,「コミュニティ」に出てくる人たちのように「画一化」されているのではないか。そんな恐怖を感じる。

もう絶版になってしまっているらしいが,新訳で再版しようという動きがある。題名が微妙に違うのは,新訳だから。

最高の小説! 『ギヴァー ~ 記憶を注ぐ者』普及プロジェクト!!

ちなみに私は,広瀬図書館から借りたが,閉架書庫からわざわざ持ってきてもらった。こんないい本が,どうして閉架になっているのだろう。絶版になって手に入りにくいからかな?

2009年9月13日 (日)

弟の戦争

今日は,昨日の研修会の報告をずっと書いていた。
夕方3時過ぎにやっと完成!

MAP研究会・2009年度活動報告

夕方から夜にかけて,一冊の本を一気に読んだ。

Gulf

弟の戦争
ロバート・ウェストール 作
原田勝 訳
徳間書店

KAIさんのブログで紹介されていて,興味を持った。

読んでよかった。
taroにもすすめてみようか,どうしようか。

2009年4月 5日 (日)

流れ星におねがい

ブログ「もぐらのさんぽ」でKAIさんがお勧めしていた「流れ星におねがい」という児童書を,先日,近くの図書館で見つけて借りてきた。

Cimg0142_3
流れ星におねがい
森 絵都/文
和歌山静子/絵
童心社

主人公が小学4年生で,うちのtaroも今度4年生。taroに読ませようと思ったのだが,その前に自分で読んだ。うん,いいね〜このストーリー。

森絵都さんと言えば,2年前に「風に舞いあがるビニールシート」で直木賞をとった作家だが,私の存じ上げているレインボーおやじさん(山下久仁明さん)の,手塚プロでの後輩にあたる方だそうだ。

そのレインボーおやじさんは,自閉症の青年を主人公にした自著「ぼくは うみが みたくなりました」の映画を完成させたところだ。たしか今日が試写会ではなかったかな? きらママさん,行ったかな?

ぼくうみチャンネル(映画の紹介)
映画「ぼくは うみが みたくなりました」製作実行委員会

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