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2014年3月 2日 (日)

自閉症・発達障害児者の支援ツール「コミュメモ」についての講演会を行います!

久しぶりの書き込みです。

この度,(株)おめめどう代表取締役の奥平綾子さん(ハルヤンネさん)と,(株)おめめどうオブザーバーの大西俊介さんをお招きして,仙台で講演会を開催することになりました。

仙台や宮城県で自閉症・発達障害児者の支援に関わっている皆さん(保護者,学校,施設等)や教職を目指している大学生の皆さん,ぜひ一緒に学びましょう!

テーマは,「コミュメモ」という筆談コミュニケーションです。自閉症・発達障害児の人に書いて伝える,また,書いて意思表示してもらうことによって,会話だけでは難しかった意味のある(機能的な)やりとりが成立するようになります。「コミュメモ」はそのためのツールで,用途によっていくつかの種類があります。

  • ◯×メモ
  • えらぶメモ
  • こたえるメモ
  • おはなしメモ など

自閉症や発達障害の人に視覚的支援は効果的ということはよく知られるようになりましたが,実は形だけをマネしてもうまくいかないことがあります。そこに隠された意味,やり方のコツ,考え方などは見ただけではなかなか分かりません。長年,息子さんの支援をしてきた奥平綾子さんから,「コミュメモ」の使い方やその意味,支援のコツや考え方などを伺いながら,視覚的支援の見えないコツを学びましょう!

  • 講師:奥平綾子さん(Ayako Okudaira)…ハルヤンネさん
  • 講師:大西俊介さん
  • 定員:30名
  • 参加費:1000円(お昼に軽食をご用意します)
  • 対象:自閉症・発達障害児者に関わる家族,学校,支援者等
  • 会場:Schaleおおまち
    • 仙台市青葉区大町2-6-27 岡元ビル 4F
    • TEL:022-263-1402
    • カフェは3階ですが講演会は4階で行います。

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※チラシ(PDF)はこちらです。申し込みはチラシに記入してFAXしてください。
https://dl.dropboxusercontent.com/u/29967076/chirashi-Okudaira20140427.pdf

※奥平綾子さんの近著はこちらです。
「自閉症・発達障害の人と伝えあおう、わかりあおう」
〜コミュニケーションメモ帳の使い方ガイド〜
著:奥平綾子(エスコアール出版部)
http://www.amazon.co.jp/自閉症・発達障害の人と伝えあおう、わかりあおう-奥平綾子/dp/490085168X

※障害ある人のいごこちのいい暮ら しを応援する おめめどう
http://omemedo.tanba-sasayama.com

【補足1】メモ帳に書いて伝えるということは,電源がいらないので,災害時にもいつもとまったく同じ方法でコミュニケートすることができます。日常やっていることが災害時にも使える。これもたいへん大事な点です。

【補足2】コミュメモは,文字が読める・書けるにかかわりなく使えるツールです。

2012年8月18日 (土)

蔵王のお釜〜上山城の足湯

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今回の帰省は,蔵王エコーラインを通ってお釜経由で行ってみることにした。仙台はべったりとした曇り空で,途中からは雨も降り出すような天気だったが,お釜はその雨雲の上だった。下界から見て山頂が見えないような天気でも,お釜を拝むことができるんだなあと分かった次第。

天気が悪くてもチャレンジしてみようと思ったのは,お釜のライブカメラを見ていたから。お釜もほとんど霧で見えていなかったが,30秒間隔で画像が更新されるのを見ていると,時々お釜が写っている。少し待てば見えるのではないかと,淡い期待を抱いて出発することにした。

宮城蔵王ロイヤルホテルを過ぎて山頂に向かっていく。すぐに景色はガスに覆われ前が見えないほどになった。途中からは雨も降ってきた。エコーラインをどこまで登っても霧の中。やっぱりダメかなと思いながら運転していたところ,突然明るくなり見通しが良くなった。と突然,霧から抜けて青空に。蔵王火山の荒々しい景色が目に飛び込んできた。後ろで寝ている子どもたちを起こそうとしたが,びくともしない。

エコーラインからハイラインに入って昇っていくと,再び霧に覆われた。駐車場に車を停めて展望台へ。気温18℃。一面のガスでお釜がどこにあるかさっぱり分からない。朝は少し良かったんだけどね~というガイドさんらしい人の声。待つこと40分。霧が一瞬晴れて,お釜の一部が見えた。その後,どんどん霧が晴れていき,10分間ほど完全なお釜を拝むことができた。現れるときも突然だが,隠れるのも突然。再び一瞬で霧に覆われてしまう。

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こどもたちは,それほど感動した様子でもなかったが(ガクッ),40分見えないまま待って特に文句も言わなかったのには少し驚いた。

標高約1600m,気圧は800hPaぐらい。車に戻ってお菓子を準備すると,じゃがりこのフタがパンパンにふくらんでいる。

お釜から先をどうするかまったく決めていなかったが,地図とにらめっこして上山城の足湯に行ってみることにした。雲を上から目線で見ながら約1時間のドライブ。山形県側は天気が良く,気温がどんどん上がっていく。お釜で18℃だった気温は,上山城についたときには30℃にもなっていた。その暑さの中,足湯に浸かって一汗かいた。

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余談だが,ここの足湯は,女優の渡辺梓さんと一緒に浸かった思い出の(?)足湯だ。

2012年8月 7日 (火)

【沖縄まとめ4】備瀬の海でシュノーケリングと魚釣り

沖縄旅行3日目は,備瀬の海で1日遊ぶ日。台風が近かったので,天候と海況が心配だったが,リーフの中なら大丈夫ということで,沖にはでないで,リーフ内で遊ぶことにした。

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上の写真は備瀬の海の3階から眺めた景色。海の中で白波が立っているところがリーフの境目で,それより手前の緑っぽい海のところがリーフである。この写真を撮ったときには曇り空だったが,その後,一転して雨が降り出す。そこで,ウェットスーツを身につけて海に出ることにした。

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ウェットスーツを装着して車に乗り込み,いざ海へ! といっても,角を曲がったらもう海。砂浜を歩くと,こどもたちはさっそく貝殻や珊瑚のかけらを探し始める。いくつかいいものを見つけて,脇にまとめて置いたが,翌日取りに行くとそこは満潮の海の中だった(残念)。琉尚丸という船外機を付けた船に乗り込み,リーフ内を移動。娘がとってもニコニコしていて,期待に胸をふくらませている様子。船から見ていても,海面に魚がぴょんぴょん跳ねたり,水中で魚が泳ぐ様子が見える。息子はそれをよく見ていた。

最初に,シュノーケルの使い方を浅瀬で練習。みんなすぐに使い方を覚えて,浮かぶ準備は完了した。そこから少し深い場所に移動して,さっそくチャレンジ。子どもたちも怖がらずに海に入った。2人とも水泳得意だし,お兄ちゃんは北上川の100kmラフティングも体験してるしね。

こどもたちとお母さんは,サンマの切り身をもらって海に入った。海中でサンマの切り身を少しすりつぶすと,魚たちがドッと集まってくる。イソギンチャクの中に隠れているはずのカクレクマノミも駆けつけてくれて,目の前で熱帯魚たちが乱舞した。魚たちは直接サンマをついばんだり,間違って人の手をついばんだりする。息子は,パチパチと食べる音がしたと後で言っていた。カクレクマノミとハマクマノミの違いも分かった。ハマクマノミは白い線が1本だけ。

私は少し離れて,珊瑚のまわりをゆったり泳ぐ魚たちを見物した。どの魚もとてもきれい。珊瑚の隙間にはトゲの長いボールのようなウニも多く,それが刺さってはいけないガンガゼだそうだ。私も1回だけサンマを持ってみた。海中でサンマをすりつぶすと,近くの魚たちはもちろん,かなり遠いところからも魚が一斉に集まってくる。どの魚も正面を向いて突進してくるので,まるで飛行機か鳥が自分に向かってくるようで怖かった。ヒッチコックの The Birds のような心境。サンマを持つのは1回で懲りた。

ひとしきり海の中で楽しんだ後は,船に上がって釣りに挑戦。エサはサンマの切り身。皮の部分を上手に針にかけて竿を出す。竹竿の浮き釣り。最初はアタリに合わせるのが難しかったが,10分ぐらいで息子がまず釣り上げた。かかったのは黄色にオレンジの線が入ったヤマブキベラ。その2分後に娘も緑色がきれいなデバスズメダイを釣り上げた。

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あとはどんどん釣れてきた。コガラシベラ,トラギス,ミツボシクロスズメダイ,ニジハタ,ヤスジベラ。その中で,娘が釣り上げたノコギリダイは,食用にして美味しい魚だそうだ。これを4匹釣って今晩のおかずにしようということになった。ノコギリダイは同じところに群れていることが多いらしく,オーナーの大城さんは釣り上げたところの近くで釣るように指示。程なく2匹目が釣れた。結局娘が3匹,私が1匹釣り上げて,ちゃんと4匹釣ることができた。ノコギリダイは今日釣った中では一番大きい魚で,引きも強かった。

娘には何年も前から「釣りに行きたい」とせがまれていた。なかなかその機会がなかったが,沖縄で願いを叶えてあげることができた。それにしても,ビギナーズラックか実力か,ノコギリダイを3匹も釣り上げたのには驚いた。

釣りをしている頃には雨が降ったり止んだりだったが,14時ごろそろそろ終わりにしようと決めたとたん,それを合図にしたように土砂降りの雨となった。食べる魚だけをより分けて,残りの釣った魚はリリース。元気に泳いでいった。浅瀬まで船で移動し,そこから海の中を歩いて岸に戻った。出かけるときは海だったところが,かなり広範囲に陸化していて,潮が大きく引いたことが実感できた。10時半から14時まで,お昼も食べないで楽しんだ,あっと言う間の3時間半だった。

        ◇      ◇      ◇

Img_197718時半過ぎに,大城さんが釣った4匹のノコギリダイをオリーブオイル焼きにして持ってきてくれた。続いてヘチマのチャンプルーも。ヘチマは本土では食べないようだけど,沖縄では主食だとのこと。ヘチマ・チャンプルーもとても美味だったが,釣った魚はやはりとっても美味しかった。こどもたちも,残さずきれいに平らげた。

【沖縄まとめ3】備瀬の海から美ら海水族館へ

沖縄旅行2日目。南部戦跡を見たあと,北上して本部半島の先端「備瀬」に到着。2日目と3日目の宿泊先は「備瀬の海」という宿だ。ホテルというよりは別荘やコンドミニアムに近い感じ。

備瀬の海では,宿泊だけでなく,シュノーケリングや釣り,シーカヤックなどの体験もできる。部屋は,リビングと和室,キッチン・バス・トイレがついた広い部屋が1室と,2人で泊まれるログハウスが1室。同時に泊まれるのは2グループだけだ。2010年の楽天トラベルお客様アンケート大賞,2011年の楽天トラベルアワード沖縄エリア敢闘賞を受賞した施設で,人気がある。よく2泊も予約が取れたものだ。

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私たちは広い部屋を借りた。台所には冷蔵庫や炊飯器,食器類などひととおりの道具がそろっている。洗面所には洗濯機,和室には液晶テレビ。まるで自分の別荘に来たようなリラックスできる環境だ。室内でベッドに横になって少し休憩し,17時を目指して近くの美ら海水族館に出かけた。

ここから沖縄美ら海水族館へは車で5分程度。美ら海水族館は「4時からチケット」という割引があり,16時以降の入館は3割引となる。うちの場合だと4,800円のところを3,360円で入館できる。

入館して一番始めの水槽にはきれいな熱帯魚たち。青いドリー(ナンヨウハギ)が出迎えてくれた。手前の展示は手早く見て,何はともあれ大水槽へ。観覧席に座ってジンベエザメやマンタの泳ぐ姿をしばらく眺めていた。子どもたちをここに連れてくることができて,本当にうれしい。途中,黒潮の大水槽を水槽の上から見学できる「黒潮探検(水上観覧コース)」や,下から見学できる場所も楽しかった。

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この水族館も,私は3回目の訪問になる。2004年の修学旅行下見で初めて来たときから,子どもたちにこの水族館の大水槽を泳ぐジンベエザメを見せたいと思っていた。その願いは8年後に叶った。当時5歳だった息子は13歳の中学生,2歳だった娘は10歳の小学4年生になった。今回の旅行で,息子には専用のデジカメを持たせていた。他の場面では使わなかったが,美ら海水族館では自分からデジカメを出して,ジンベエザメやいろんな魚,展示をたくさん撮影していた。

娘は,夏休み特別企画「あなたの知らないサメたち」のスタンプラリーに挑戦。3つまでは見つけたが,最後の1つ,イベントホールの場所が分からない。受付のお姉さんに聞くように諭したが,モジモジしていた。でも,勇気を振り絞って自分で質問ができた。教えてもらったとおりにお父さんとエスカレーターを昇っていくと,ちゃんとイベントホールがあり,スタンプを押すことができた。4つそろえて,サメのシールをゲットした。

         ◇      ◇      ◇

さすが沖縄は陽が落ちるのが遅く,7時半でもけっこう明るかった。20時頃に備瀬の海に戻る。20時半頃,オーナーの大城さんが,焼き魚を差し入れしてくれた。イソフエフキダイのオリーブオイル焼き。それにシークヮーサーが4切れついている。これがまた大変美味しく,ビール(金麦)が進んだ。

【沖縄まとめ2】戦災と震災

沖縄旅行2日目の午前中に,沖縄県平和祈念資料館とひめゆり平和祈念資料館を訪れた。開館時間の9時に平和公園の駐車場に到着。そこから式典広場,平和の礎と歩いて行き,海を見渡した。

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最初は私と息子の2人で観覧する予定だったが,結局4人でチケットを購入して資料館に行ってみることになった。小4の娘はちょっと疲れ気味で,ビデオを見るための長いすに横になったりしていたが,中1の息子のほうは沖縄戦のビデオや写真やいろいろな資料を熱心に見ていた。体験談の書見台では,声をかけるまでいくつかの椅子に座って,体験談を集中して読んでいた。連れてきてよかったな~。

私がこの施設に来るのは新しくなってからは3回目。戦争の悲惨な展示から,戦後の展示になると毎回心からホッとする。私は今回,「戦災と震災」をどこかで比較しながら見ていたように思う。沖縄戦における日米両軍及び民間人を合わせた地上戦中の戦没者は20万人,東日本大震災での死者不明者は2万人。犠牲者数はけた違いではあるが,戦災と震災,平和教育と防災教育,どこか似ているなと感じた。

何が似てるんだろう。仙台に戻ってからちょっと考えてみた。

1)戦災の被害者は,平和がどれだけ大切か骨身にしみている。震災の被災者も,当たり前の日常の大切さ,次の地震で被災しないための準備の必要性を痛感する。ところが,その痛切な思いが,体験していない人にはうまく伝わらないこと。

2)震災展示も戦災展示も,現実に起こった悲惨な事実を知らせる過去についての展示であること。でも,それを見ただけでは,悲惨だという気持ちにはなっても,なかなか自分の問題としてとらえられないこと。言い換えると,展示を見ただけでは,自分のその後の行動に変化がないこと。

3)展示は過去の出来事が中心だが,平和でありつづけるにはどうするべきか,次の地震で震災が起きないためにどうするべきか,本当に大切なのは展示を見た一人一人の今,そしてこれからのありかたであること。

こんなふうに考えたのだが,どうだろう。

戦災や震災を繰り返さないためにどうするかという視点や方法は,それぞれの人によって多岐にわたるだろうから,それを含めて展示するというのは難しいのかもしれない。だけど例えば,今現在,戦争が世界の中でどうなっているのか,日本の中で反戦がどのように語られ,行動されているのかなど,「今」の展示があって,あなたはどうしますか? どう考えますか? という問いかけがあったらどうだろう。同じことを震災に当てはめると,それはどういうことだろう。

       ◇        ◇        ◇

Img_1910企画展で「絵本が語りつぐ戦世(イクサユー)」をやっていた。息子はここにもすっかりはまっていた。紹介されていた絵本の中で,『水をください』(文・たかはしのぶこ、絵・安室ニ三雄;沖縄時事出版・頒価700円)と『火種を消すな』(文:南風原春子 絵:磯崎主佳;沖縄県退職教職員会女性部 沖教組教育研究所)が印象に残った。でも,調べてみると,これらの本はなかなか手に入りにくいようだ。仙台市図書館にも宮城県図書館にもない。仙台に帰ってからしっかり読みたかったのだけど,残念。

       ◇        ◇        ◇

Img_3888沖縄平和祈念公園からひめゆり平和祈念資料館へ。

資料館の外廊下に観覧者の感想が何枚か貼られていて,その中に宮城県から来た看護師さんの感想があった。つい先日まで高校生だったんだろうなと思えるような字だ。感想には,震災時に病院にいて,津波に流されてきた人が次々に運ばれてくる中で働いていたと書いてあった。トリアージをして助かる見込みのない人には,それ以上治療ができなかったそうだ。資料館の展示を見ながら,当時の自分とダブって泣いてしまったとのこと。この感想を読んで,人の命が不条理に失われるという点において,戦災と震災は同じなんだなと改めて思った。

【沖縄まとめ1】家族で沖縄へ

こどもたちに,沖縄の海と戦跡を見せたいとずーっと思っていた,その念願がかなった。8月1日〜4日に家族4人で沖縄に行ってきた。台風9号と10号にはさまれて,飛行機が飛ぶのかどうか,海のレジャーができるかどうかと心配したが,終わってみれば予定していたほとんどの活動を楽しむことができて,満足できる4日間だった。

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私が沖縄の魚たちに初めて出会ったのは1989年。当時私は,海底にできる地下資源を研究する大学院生で,国の研究機関が沖縄の海で地下資源の調査するというので,1ヶ月半の調査航海に同行した。航海の途中,燃料や食糧補給で那覇新港に寄ることがあり,そのときに,一緒に乗船していた琉球大の学生が瀬底ビーチに連れて行ってくれて,沖縄の魚たちと出会うことができた。

あの当時,万座などはすでに立派なリゾート地だったが,瀬底には手つかずの自然が残っていて,リーフで魚たちと触れあっていると時間を忘れるほどだった。その後,1996年に夫婦で瀬底を訪れたときには,数年の間にすっかりビーチらしく開発されていてビックリ。でもリーフは変わらずにきれいだった。

美ら海水族館に初めて来たのは2004年。当時勤めていた蔵王高校で修学旅行の担当になり,下見で見学先を回ったときだ。大水槽の中を悠々と泳ぐジンベエザメを見て,まだその頃は小さかったこどもたち(5歳と2歳)を近いうちに絶対連れてきて見せてあげたいと思った。そのときは,ジンベエザメの小さなぬいぐるみをお土産に買っていったことを覚えている。

南部戦跡も,沖縄に来る度に必ず行く場所だ(今回で6度目)。沖縄に家族で来るなら子どもたちをここに連れてきたいと思ってはいたが,いつのタイミングがいいのかは,けっこう悩みどころだった。展示の意味を理解できること,悲しい過去を自分なりに受け止められること,これらのことが必要だからだ。今回,息子は中1になり,親と社会の出来事について話し合えるようになったので,連れて行くタイミングだと思った。

そんなことで,前々から沖縄に連れて行きたいと思っていたところ,今年がいいチャンスだと決断し,楽天トラベルで一晩調べて,旅行の日程を決めた。以下,今回のコースを簡単にまとめておく。

【1日目】cloud
・ANA463便で,仙台→那覇(こどもたちはairplane初体験)
東京第一ホテル那覇シティリゾート
・夕食は「月うさぎ」(泡盛1合サービス;料理も美味!)
・国際通りでお土産のお買い物

【2日目】cloud
沖縄県平和祈念資料館
ひめゆり平和祈念資料館
沖縄美ら海水族館pisces
・宿泊は「備瀬の海」(この宿を取れたことが今回の勝因!)

【3日目】cloudrain
・備瀬の海でシュノーケリングと魚釣りfish
・宿泊は「備瀬の海」(2泊目)

【4日目】sun
備瀬のフクギ並木と海岸の散策
・むら咲むら 手作り工房ひで房(シーサーの色つけ体験)
・ANA464便で,那覇→福島→仙台(福島経由で5時間のairplaneフライトに!shock

そうそう。帰りの飛行機には驚かされた。仙台空港に急に海霧が押し寄せて,着陸を2度チャレンジして取りやめ,上空をグルグル。結局燃料が足りなくなって福島空港に着陸。30分かけて燃料を積み直し,再チャレンジでやっと仙台空港に着陸できた。滑走路が見えるところからのゴーアラウンドは,とっても怖かった〜。shock 2時間半の予定だったフライトが5時間のフライトになった。5時間も乗ってたら,もう少しでハワイに届くじゃないか〜! でも,ちゃんと着陸できてよかった。

私たちが仙台に戻った次の日には,台風11号が沖縄本島を直撃。日程があと少しずれていたら,私たちも台風の影響をもろに受けるところだった。出発前は台風9号,10号がやってきてついてないなと思ったけれど,終わってみれば台風の隙間をぬってほぼ予定通りの活動ができたので,ラッキーだったな〜。

2012年5月27日 (日)

2012年の金環食〜22年の時間旅行

栃木県真岡市の小さな公園(蓼沼親水公園)で,金環日食を見てきました!

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22年間楽しみにしてきた金環日食

1990年にリリースされたドリカム3枚目のアルバム「WONDER 3」に,2012年の金環食を題材にした「時間旅行」という曲がある。私の大好きな曲の1つだが,22年前にこの曲を何度も聞いていた頃は2012年なんてずっとずっと先の未来の話だった。

今回,1990年には存在していなかった息子と娘を連れて家族全員で金環食を見るというのは,ある意味,不思議な出来事だった。久しぶりに「時間旅行」を聞いていると,1990年から一気に2012年に来たような感じがして,ドリと一緒に本当に時間旅行をしてきたかのような錯覚を覚える。

栃木県の小さな公園で…

今回,真岡市で観測することになったのは偶然の成り行きだった。仙台は金環食帯からわずかに外れていて,部分日食になってしまう。せっかくの金環食だから金環食になる場所で見たいということで,当日の晴れの確率などから水戸市に白羽の矢を立てた。偕楽園かその近くの公園で,指輪のような金環食を観察しようと思った。

金環食は朝6時すぎから始まるので,水戸に前日入りになる。宿泊先は楽天トラベルで一番安い「偕楽園ユースホステル」を予約した。食事なしの素泊まりで,4人家族全員合わせて4750円という怖いくらいの格安料金。娘は「ベッドがあって丸いテーブルがあるお部屋が良かった」とガッカリしていたが,液晶テレビもあるし,小さな大浴場もあり,無線ルーターもLTEでつながったし,数時間寝るための部屋と思えば十分だった。

せっかく前日に水戸に行くので,偕楽園YHに行く前に,水戸からほど近いアクアワールド大洗水族館に寄った。何の予備知識も期待もしないで行ったのだが,イルカとアシカのショーなど来園者を飽きさせないイベントが次から次とあり,とっても楽しい水族館だった。子どもたちもイルカにバシャーンと水をかけられて大喜びだったが,そのショーの中で「水戸の明日の天気は曇りです,残念!」とアシカがポーズを取るシーンがあり,私の頭はその瞬間から,明日どこで観測するか,そのことだけで一杯になった。

日本の南岸に前線が貼り付いていて,九州から関東までの太平洋沿岸は曇りから雨の予報。その中で,宇都宮ではかろうじて晴れそうという情報もあった。風向きを考えても,海辺から離れるほど雲は薄くなりそうだ。宿を引き払って仙台に戻る選択もあったが(仙台は晴れ予報),寝る前には,早朝出発して西に向かうということで心が決まった。子どもたちには4時起床,5時出発と宣言して,とりあえず就寝。寝る間に見た空は,どんよりと厚い雲に覆われていた。

緊張のあまり3時に目が覚める。再び iPad でいろいろ検討。Google Map の航空写真で観測に適した場所を探した。金環食は3時間ほどのイベントなので,近くにトイレがほしい。そして東側に空が開けている必要もある。宇都宮の帝京大学キャンパスで観測会があることも分かったが,あまり北に行ってしまうと月の軌道が太陽の中心からずれる分,金環食になっている時間が短くなる。また,宇都宮まで北上するには時間が厳しい。

そんな時にふと目に入ったのが,北関東自動車道・真岡ICの近くにある小さな公園だった。Google Map の航空写真を拡大してみると,トイレらしき建物がある。駐車場もオープンな感じで,早朝でも駐められそうだ。公園の東側は鬼怒川なので,空を遮るものもない。少し不安もあったが,出発時にはこの公園に行ってみようと8割方心が決まった。

朝5時,ドキドキの出発

予定通り午前5時に出発。前の晩に係の人に聞いていたとおり,オートロックの非常口を開けて,家族4人コソコソとYHを後にした。その時,水戸市内の天気は薄曇り。雲を通して青空がのぞいているような場所もあった。常磐自動車道から北関東自動車道に入りどんどん西に進んでいくと,みるみる青空が広がった。車内に差し込む朝日が眩しい。この朝日を見て,蓼沼親水公園の選択が間違っていないと確信した。

午前6時,蓼沼親水公園に到着。先客が1人,望遠鏡を組み立ててスタンバイしていた。ごあいさつをしたら,札幌から来たとのこと。やはり,海沿いで観察する予定だったが,前の晩にグーグルでこの場所を見つけて来たのだという。栃木県の小さな公園で,札幌の人に出会うとは思わなかった。

金環食が始まった!

日食まで20分に迫っていたので,車から機材を降ろしてすぐに準備に取りかかった。準備完了と共に日食開始。太陽の右上から徐々に欠けていく。そして約1時間後,ついに金環食が始まった。

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金環食の時間帯だけ,やや厚い雲がかかったが,手製の太陽観察シートを通してきれいな太陽のリングが見えた。予想以上に神秘的で,興奮した。家族全員で神秘的な時間を共有した。金環食となっている時間は約4分。前半は,望遠鏡に付けたデジカメで写真を撮り,後半はデジカメを外して望遠鏡を直接のぞいて観望した(望遠鏡の先端に眼視用の減光シートを取り付けてある)。辺りは薄暗くなり,肌寒くなった。私は気づかなかったが,小鳥たちがさかんにさえずっていたらしい。小鳥も太陽の異変を感じ取ったのだろう。

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金環食の時間帯が過ぎ,太陽が再び少しずつ姿を現し出すと,こどもたちは現金にも興味を失い,公園の遊具に遊びに行った。私はさらに1時間半,太陽が完全に顔を出すまで写真を撮ったり目で見たりして,余韻を楽しんだ。

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時間旅行,再び…

こどもの頃から天体観望が趣味で,部分日食や皆既月食などを何度も見てきたが,天気に恵まれないことも多かった。金環食を見たのはこれが生まれて初めてだったし,こんなに天気に恵まれたこともあまりなかった。とても神秘的な金環日食の魅力にとりつかれた。

次回,日本で見られる金環食は2030年の6月1日に北海道にて。18年後か。私は63歳だ。もう仕事を休むかどうかとか,気にしなくていいな〜。もしかして,孫と一緒に見てるかな〜。さあもう一度,時間旅行だ!

2011年11月12日 (土)

鳴子峡の紅葉〜東鳴子温泉「なんぶ屋」〜レストラン Rice Field

今年も文化の日に鳴子の紅葉を見に行った。昨年は雨上がりに朝日が当たり,それは見事な眺めだったが,今年は盛りを過ぎていたらしく,葉っぱが茶色っぽい上に,靄がかかって景色が全体的に白っぽく,写真写りもいまひとつな感じだった。

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鳴子峡レストハウスから,遊歩道を谷底に下りていくと,沢沿いの紅葉を楽しむことができる。初めて行ってみたが,思ったより時間もかからず,足が疲れることもなかった。谷底には,上から眺めるのとはまた違った景色が広がっていた。

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鳴子峡はいつも大変混雑するので,行くなら朝と決めている。家を6時に出る予定だったが,少し出遅れて6時半出発。大深沢橋手前の無料駐車場に着いたのが8時過ぎだった。いつもなら無料駐車場に駐められるかどうかという時間だが,この日は天気が悪かったこともあって,駐車場はガラガラだった。

遊歩道から戻ってレストハウスで買い物をし,車に戻ったのが9時半頃。そこから鳴子温泉郷に移動し,一之坂餅屋で栗だんごを買い,鳴子温泉駅で「湯めぐりチケット」を購入して東鳴子温泉に向かった。今回の温泉は「旅館なんぶ屋」。震災を機に日帰り入浴の料金が安くなっていて,湯めぐりチケット1枚(シール6枚がついて1200円)で,ちょうど親子4人が入ることができた。

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日帰り入浴は10時から。私たちはちょうど10時に着いたので,入浴一番乗りで貸切状態。

帰りは高速道路を使わずに,一般道をノンビリと。途中,色麻町にある Rice Field というレストランで食事。前から気になっていたお店。カレーライスは私の好みではなかったけれど,家族が食べていたものをつまみ食いしたら美味しかった。

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2011年8月 9日 (火)

月山トレッキング(姥ヶ岳〜牛首)

帰省2日目,今日は午前中がいい天気の予報だったので,計画にはなかったが,おじいちゃんと私とこどもたちで月山に山歩きに行くことにした。山歩きの用意はまったくしていなかったので,月山に行くには若干軽装過ぎる出で立ちではあるが…。

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今回のトレッキングコースは,姥沢登山口→月山ペアリフト→姥ヶ岳(うばがたけ)山頂→金姥(かなうば)→柴灯森(さいとうもり)→牛首(うしくび)→月山ペアリフトという周回コース。駐車場から出発してゴールまで,子どもの足で3時間のコースだった(昼食込み)。

姥沢駐車場に車を駐めて道路を少し登っていくと,姥沢登山口がある。ここで大人200円の月山環境美化協力金を支払って入山。さらにもう少し登ると月山ペアリフト下駅に着く。ここで往復チケット(大人1,000円,こども700円)を購入してリフトに乗った。リフトは結構長かったけど,途中,娘の手にトンボがとまったりなんかして,飽きずに上駅へ。

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さっそく姥ヶ岳の山頂をめざす。いきなりちょっと急な坂が続いた。こどもたちは元気に登るが,大人はゼーゼー。姥ヶ岳の山頂からは天気がいいと鶴岡の街並みが見えるらしいが,今日は鶴岡方面から雲が次々と上がってきて,視界は真っ白。おじいちゃんが「ほら,雲が下に見えるよ。今,雲の中にいるんだよ」というと,娘が驚いて「雲の上って空気がないんじゃないの?」と。もしかして,このシーンは彼女にとって一生忘れられないシーンになったかも。(笑)

登山道の東側の斜面には時折日が差して,緑がキレイに輝いていた。その緑の中に木道が見える。あれが帰りに歩く道。

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姥ヶ岳から少し下ってまた登る。登り切ったところが柴灯森(さいとうもり)。

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柴灯森からもう少し先にいくと,今回のゴールである牛首に出る。木のベンチがあるので,そこに座ってお弁当を食べた。

月山の山頂は,ここから急な坂を30分程度登ったところにある。今日は出る時間が遅くなってしまったので,山頂をめざすのはあきらめた(装備も貧弱だし…)。娘はおじいちゃんが持ってきた双眼鏡で,あっちをみたりこっちをみたりして楽しんだ。

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ひと休みしたら,牛首から下って月山ペアリフト上駅へ。雪渓のわきを通る。雪渓からは湯気が出て,その下から沢がわき出してくる。これ以上高いところに水源はないので,この沢の水はすべて雪渓が解けたもの。けっこうな水量だな〜。触るととても冷たかった。

今日は下界は30℃以上の真夏日だが,ここ月山の山頂付近は,少し風が吹くと涼しいを通り越して寒いくらい。下りたくないな〜という気持ちだった。

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夏の月山といえば高山植物。ニッコウキスゲがたくさん咲いていた。他にもチングルマやミヤマリンドウも見た。他にも名前の分からない,きれいな花がたくさん咲いていた。

しかし,こどもたちもだいぶ体力がついたものだ。おじいちゃんと一緒に山歩きをする機会も,あと何回できるかという状況だけど,こうやって一緒に登って山歩きの楽しさをたくさん味わってほしい。

2011年7月16日 (土)

[学都仙台・宮城]サイエンスデイ 2011 に行ってきた

7月10日。梅雨時期とは思えない真夏の暑さの日曜日,東北大学川内北キャンパスで行われた[学都仙台・宮城]サイエンスデイ 2011 に行ってきた。

東北大学川内北キャンパスは,私が大学生のころは教養部(1,2年生)が置かれていた場所だ。18歳の頃は,毎日ここで学んでいたんだよな〜と懐かしく思いながら1日を過ごした。講義棟に足を踏み入れたのはほぼ四半世紀ぶりだったが,間取りや部屋のつくりに当時の面影を残しつつ,内装などはとってもきれいになっていて,私が在籍していた頃の,ビラが貼られた薄汚い校舎ではなくなっていた。

サイエンスデイは,若手研究者や学生がつくるNPO法人 natural science の主催で毎年行われているイベントで,1日科学館,あるいは科学に特化した文化祭みたいなものである。こどもから大人まで楽しむことができる。高校の科学部や茶道部の出店もあり,高校生の活躍の場としての意義もある。

今回,小学6年生の息子と,小学3年生の娘を連れて,はじめて参加した。6年生の息子はともかく,3年生の娘は,すぐ「疲れた,おんぶ」とかいうヤツなので,この暑さもあり1日楽しめるかどうか心配だったが,行ってみたら楽しい企画がたくさんあって,娘も楽しくサイエンスを体験することができた。

サイエンスデイではたくさんの体験プログラムが提供されるが,事前の申込みが必要な「講座プログラム」と申込み不要の「体験プログラム」に大別される。

息子は講座プログラムを2つ受講した。
○微生物が地球を救う(東北大学 工学研究科 環境生態工学分野)
○ブラックホールって何だろう? (二間瀬敏史教授・東北大学 理学研究科)

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微生物の講座では,微生物が汚水を浄化するしくみを学んで,いろんな微生物を顕微鏡で観察したらしい。ブラックホールの講座は,お話しが中心で少し難しかったようだが,「空間をゆがめる」みたいなことを言っていたので,まあ基本的なことは頭に入ったようだ。

娘は体験プログラムを中心にまわった。
○はんだづけを体験してみよう! (natural science)
○磁気記録って何? (東北学院大学 工学総合研究所 ナノ材料工学研究部門)
○オーロラを体験しよう! (東北大学 理学研究科 惑星大気物理学研究室)

はんだ付けの体験では,発光ダイオード(LED)と抵抗器,電池コードを基板の上につなげて,LEDが光る回路をつくるもの。はんだ付けは初体験だが,とても興味を持ったようだった。今年の夏休みの工作は,はんだ付けでつくる何かにしようか。

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磁気記録のプログラムでは,世界最強の磁石(ネオジウム-鉄-ボロン磁石)を使って,磁気テープに字を書いたり,世界最強の磁力を体験したりした。

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オーロラの体験プログラムでは,3Dメガネでオーロラの3D画像や,太陽の3D画像を見た。太陽の3D画像はとても迫力があって,フレア(太陽面爆発)の様子が特に良かった。どうやって立体映像にするのかと思ったら,NASAがそれ専用の探査機を2機飛ばしているのだそうだ。やるな〜。

また,電波を音に変換する最も簡単な装置ということで,いわゆる鉱石ラジオをつくるプログラムもあった。オーロラも電波観測をするので,その関連。ダイオード,バリコン,クリスタルイヤホンの3つの部品と導線でつくったループアンテナで,電池がなくても聞こえるラジオができる。こんなラジオづくり,久しぶりだ〜。完成して外に出たら,ちゃんとラジオが聞こえてきた。

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他にもたくさんの楽しそうな出展があった。来年必ず参加しようと決めたのが,ODAプレーン愛好会の「夏空に世界でひとつだけの紙飛行機を飛ばそう」。帰り際に,外で完成した飛行機を飛ばしているところを見たが,とってもよく飛んでいた。

そんなこんなで,予想どおり,いや予想以上の楽しいイベントだった。今の子どもたちは恵まれているよね。小学生のうちから,大学の研究者の話を聞いたり,大学の施設を使って勉強できるんだから。うちのこどもたちにもとてもいい刺激になったと思う。お父さんが学んだ大学で,お父さんが学んでいたサイエンスを体験させることができたというのも,お父さんとしては大満足。

来年もまた行くぞ〜!

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