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科学

2012年5月27日 (日)

2012年の金環食〜22年の時間旅行

栃木県真岡市の小さな公園(蓼沼親水公園)で,金環日食を見てきました!

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22年間楽しみにしてきた金環日食

1990年にリリースされたドリカム3枚目のアルバム「WONDER 3」に,2012年の金環食を題材にした「時間旅行」という曲がある。私の大好きな曲の1つだが,22年前にこの曲を何度も聞いていた頃は2012年なんてずっとずっと先の未来の話だった。

今回,1990年には存在していなかった息子と娘を連れて家族全員で金環食を見るというのは,ある意味,不思議な出来事だった。久しぶりに「時間旅行」を聞いていると,1990年から一気に2012年に来たような感じがして,ドリと一緒に本当に時間旅行をしてきたかのような錯覚を覚える。

栃木県の小さな公園で…

今回,真岡市で観測することになったのは偶然の成り行きだった。仙台は金環食帯からわずかに外れていて,部分日食になってしまう。せっかくの金環食だから金環食になる場所で見たいということで,当日の晴れの確率などから水戸市に白羽の矢を立てた。偕楽園かその近くの公園で,指輪のような金環食を観察しようと思った。

金環食は朝6時すぎから始まるので,水戸に前日入りになる。宿泊先は楽天トラベルで一番安い「偕楽園ユースホステル」を予約した。食事なしの素泊まりで,4人家族全員合わせて4750円という怖いくらいの格安料金。娘は「ベッドがあって丸いテーブルがあるお部屋が良かった」とガッカリしていたが,液晶テレビもあるし,小さな大浴場もあり,無線ルーターもLTEでつながったし,数時間寝るための部屋と思えば十分だった。

せっかく前日に水戸に行くので,偕楽園YHに行く前に,水戸からほど近いアクアワールド大洗水族館に寄った。何の予備知識も期待もしないで行ったのだが,イルカとアシカのショーなど来園者を飽きさせないイベントが次から次とあり,とっても楽しい水族館だった。子どもたちもイルカにバシャーンと水をかけられて大喜びだったが,そのショーの中で「水戸の明日の天気は曇りです,残念!」とアシカがポーズを取るシーンがあり,私の頭はその瞬間から,明日どこで観測するか,そのことだけで一杯になった。

日本の南岸に前線が貼り付いていて,九州から関東までの太平洋沿岸は曇りから雨の予報。その中で,宇都宮ではかろうじて晴れそうという情報もあった。風向きを考えても,海辺から離れるほど雲は薄くなりそうだ。宿を引き払って仙台に戻る選択もあったが(仙台は晴れ予報),寝る前には,早朝出発して西に向かうということで心が決まった。子どもたちには4時起床,5時出発と宣言して,とりあえず就寝。寝る間に見た空は,どんよりと厚い雲に覆われていた。

緊張のあまり3時に目が覚める。再び iPad でいろいろ検討。Google Map の航空写真で観測に適した場所を探した。金環食は3時間ほどのイベントなので,近くにトイレがほしい。そして東側に空が開けている必要もある。宇都宮の帝京大学キャンパスで観測会があることも分かったが,あまり北に行ってしまうと月の軌道が太陽の中心からずれる分,金環食になっている時間が短くなる。また,宇都宮まで北上するには時間が厳しい。

そんな時にふと目に入ったのが,北関東自動車道・真岡ICの近くにある小さな公園だった。Google Map の航空写真を拡大してみると,トイレらしき建物がある。駐車場もオープンな感じで,早朝でも駐められそうだ。公園の東側は鬼怒川なので,空を遮るものもない。少し不安もあったが,出発時にはこの公園に行ってみようと8割方心が決まった。

朝5時,ドキドキの出発

予定通り午前5時に出発。前の晩に係の人に聞いていたとおり,オートロックの非常口を開けて,家族4人コソコソとYHを後にした。その時,水戸市内の天気は薄曇り。雲を通して青空がのぞいているような場所もあった。常磐自動車道から北関東自動車道に入りどんどん西に進んでいくと,みるみる青空が広がった。車内に差し込む朝日が眩しい。この朝日を見て,蓼沼親水公園の選択が間違っていないと確信した。

午前6時,蓼沼親水公園に到着。先客が1人,望遠鏡を組み立ててスタンバイしていた。ごあいさつをしたら,札幌から来たとのこと。やはり,海沿いで観察する予定だったが,前の晩にグーグルでこの場所を見つけて来たのだという。栃木県の小さな公園で,札幌の人に出会うとは思わなかった。

金環食が始まった!

日食まで20分に迫っていたので,車から機材を降ろしてすぐに準備に取りかかった。準備完了と共に日食開始。太陽の右上から徐々に欠けていく。そして約1時間後,ついに金環食が始まった。

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金環食の時間帯だけ,やや厚い雲がかかったが,手製の太陽観察シートを通してきれいな太陽のリングが見えた。予想以上に神秘的で,興奮した。家族全員で神秘的な時間を共有した。金環食となっている時間は約4分。前半は,望遠鏡に付けたデジカメで写真を撮り,後半はデジカメを外して望遠鏡を直接のぞいて観望した(望遠鏡の先端に眼視用の減光シートを取り付けてある)。辺りは薄暗くなり,肌寒くなった。私は気づかなかったが,小鳥たちがさかんにさえずっていたらしい。小鳥も太陽の異変を感じ取ったのだろう。

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金環食の時間帯が過ぎ,太陽が再び少しずつ姿を現し出すと,こどもたちは現金にも興味を失い,公園の遊具に遊びに行った。私はさらに1時間半,太陽が完全に顔を出すまで写真を撮ったり目で見たりして,余韻を楽しんだ。

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時間旅行,再び…

こどもの頃から天体観望が趣味で,部分日食や皆既月食などを何度も見てきたが,天気に恵まれないことも多かった。金環食を見たのはこれが生まれて初めてだったし,こんなに天気に恵まれたこともあまりなかった。とても神秘的な金環日食の魅力にとりつかれた。

次回,日本で見られる金環食は2030年の6月1日に北海道にて。18年後か。私は63歳だ。もう仕事を休むかどうかとか,気にしなくていいな〜。もしかして,孫と一緒に見てるかな〜。さあもう一度,時間旅行だ!

2011年7月16日 (土)

[学都仙台・宮城]サイエンスデイ 2011 に行ってきた

7月10日。梅雨時期とは思えない真夏の暑さの日曜日,東北大学川内北キャンパスで行われた[学都仙台・宮城]サイエンスデイ 2011 に行ってきた。

東北大学川内北キャンパスは,私が大学生のころは教養部(1,2年生)が置かれていた場所だ。18歳の頃は,毎日ここで学んでいたんだよな〜と懐かしく思いながら1日を過ごした。講義棟に足を踏み入れたのはほぼ四半世紀ぶりだったが,間取りや部屋のつくりに当時の面影を残しつつ,内装などはとってもきれいになっていて,私が在籍していた頃の,ビラが貼られた薄汚い校舎ではなくなっていた。

サイエンスデイは,若手研究者や学生がつくるNPO法人 natural science の主催で毎年行われているイベントで,1日科学館,あるいは科学に特化した文化祭みたいなものである。こどもから大人まで楽しむことができる。高校の科学部や茶道部の出店もあり,高校生の活躍の場としての意義もある。

今回,小学6年生の息子と,小学3年生の娘を連れて,はじめて参加した。6年生の息子はともかく,3年生の娘は,すぐ「疲れた,おんぶ」とかいうヤツなので,この暑さもあり1日楽しめるかどうか心配だったが,行ってみたら楽しい企画がたくさんあって,娘も楽しくサイエンスを体験することができた。

サイエンスデイではたくさんの体験プログラムが提供されるが,事前の申込みが必要な「講座プログラム」と申込み不要の「体験プログラム」に大別される。

息子は講座プログラムを2つ受講した。
○微生物が地球を救う(東北大学 工学研究科 環境生態工学分野)
○ブラックホールって何だろう? (二間瀬敏史教授・東北大学 理学研究科)

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微生物の講座では,微生物が汚水を浄化するしくみを学んで,いろんな微生物を顕微鏡で観察したらしい。ブラックホールの講座は,お話しが中心で少し難しかったようだが,「空間をゆがめる」みたいなことを言っていたので,まあ基本的なことは頭に入ったようだ。

娘は体験プログラムを中心にまわった。
○はんだづけを体験してみよう! (natural science)
○磁気記録って何? (東北学院大学 工学総合研究所 ナノ材料工学研究部門)
○オーロラを体験しよう! (東北大学 理学研究科 惑星大気物理学研究室)

はんだ付けの体験では,発光ダイオード(LED)と抵抗器,電池コードを基板の上につなげて,LEDが光る回路をつくるもの。はんだ付けは初体験だが,とても興味を持ったようだった。今年の夏休みの工作は,はんだ付けでつくる何かにしようか。

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磁気記録のプログラムでは,世界最強の磁石(ネオジウム-鉄-ボロン磁石)を使って,磁気テープに字を書いたり,世界最強の磁力を体験したりした。

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オーロラの体験プログラムでは,3Dメガネでオーロラの3D画像や,太陽の3D画像を見た。太陽の3D画像はとても迫力があって,フレア(太陽面爆発)の様子が特に良かった。どうやって立体映像にするのかと思ったら,NASAがそれ専用の探査機を2機飛ばしているのだそうだ。やるな〜。

また,電波を音に変換する最も簡単な装置ということで,いわゆる鉱石ラジオをつくるプログラムもあった。オーロラも電波観測をするので,その関連。ダイオード,バリコン,クリスタルイヤホンの3つの部品と導線でつくったループアンテナで,電池がなくても聞こえるラジオができる。こんなラジオづくり,久しぶりだ〜。完成して外に出たら,ちゃんとラジオが聞こえてきた。

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他にもたくさんの楽しそうな出展があった。来年必ず参加しようと決めたのが,ODAプレーン愛好会の「夏空に世界でひとつだけの紙飛行機を飛ばそう」。帰り際に,外で完成した飛行機を飛ばしているところを見たが,とってもよく飛んでいた。

そんなこんなで,予想どおり,いや予想以上の楽しいイベントだった。今の子どもたちは恵まれているよね。小学生のうちから,大学の研究者の話を聞いたり,大学の施設を使って勉強できるんだから。うちのこどもたちにもとてもいい刺激になったと思う。お父さんが学んだ大学で,お父さんが学んでいたサイエンスを体験させることができたというのも,お父さんとしては大満足。

来年もまた行くぞ〜!

2011年6月18日 (土)

東日本大震災のエネルギーは宮城県沖地震の126倍

今日は311から100日目。朝に震度2の小さな地震があったが,311以来,少しの地震でもノドから心臓が飛び出そうなくらい,ビックリするようになった。もう一度,震度6が来たらショック死しそう。

宮城県では1978年にM7.4の宮城県沖地震が起こった。この地震は平均37年周期でやってくることが知られていて,次の宮城県沖地震もそう遠くない将来に起こると予測されていた。2010年1月1日の時点で,この先10年以内に次の宮城県沖地震が近々起こる確率は70%とされ,防災対策も主にこの地震をターゲットにして行われてきた。県の被害想定で仮定された地震は,宮城県沖地震が単独で起こったときはM7.6で津波が最大2m,隣近所の岩盤と一緒に動く連動型の場合,M8.0で津波が最大4mというものだった。(これらのマグニチュードはモーメント・マグニチュード Mw)

2011年3月11日。数名の同僚と勤務先の体育館にいるときに,複数の携帯電話の緊急地震速報が一斉に鳴りだし,ほぼ同時に揺れが始まった。すぐに携帯を開いて見ると,震源は「宮城県沖」と表示されている。その瞬間,予想されていた宮城県沖地震がついに起こったと思った。揺れは強弱を繰り返しながら長く長く続き,私は記憶にないが,その時近くにいた同僚によれば,私は「連動型だ」と言ったらしい。

しかし,真実はそのいずれでもなかった。起こったのは,事前の予想をはるかに上回る,マグニチュード9.0という超巨大地震だった。

地震のマグニチュードとは,その地震で放出されるエネルギーの規模を表す数値である。前回の宮城県沖地震(Mw7.6)と,実際に起こった東日本大震災(Mw9.0)は,エネルギーとしてどれくらいの違いがあったのか,ちょっと興味を持って,気象大学校で先生をしている友人に手伝ってもらって計算した。

東日本大震災のエネルギーをEe,宮城県沖地震のエネルギーをEmとすると,

Ee/Em = 10^(1.5*2つの地震のマグニチュードの差)

で求められる。2つの地震のマグニチュードの差は,9.0-7.6=1.4 なので,

Ee/Em = 10^(1.5*1.4)=10^2.1=125.89…

東日本大震災のエネルギーは,宮城県沖地震の約126倍という結果になった。

こちらに明治以降に津波被害を引き起こした地震の,エネルギーを比較した図がある。1960年のチリ地震津波が突出していて,2004年のスマトラ沖地震と,今回の東日本大震災が次に続く。この図に前回の宮城県沖地震を載せようとすると,青い棒グラフはまったく描くことができない高さになる。

東日本大震災は,まさに「けた違い」の超巨大地震だった。

2010年3月 6日 (土)

学校で防災の教育を受けましたか?

▼チリ地震と避難行動 

先日,チリで大地震が発生して津波が日本までやってきた。チリ地震と言えば,少しでも防災のことを学んでいる人なら,数十年前にチリで起きた大地震で日本にも津波が到達して多くの人が亡くなったという史実を思い出したのではないだろうか。もう少し正確に書くと,1960年5月24日未明,宮城県から岩手県の三陸沿岸を中心に最大6mの大津波が来襲し,142名が亡くなるという災害があった。

そのときのマグニチュードは9.5。観測史上最大級の地震である。今回のチリ地震はM8.8と一回り小さかったので(それでも1978年宮城県沖地震の100個分),前回ほどの津波はもたらさないだろうと想像できた。それでも,かなり大きな津波が来ることは明らかだった。

気象庁は地震の翌朝に大津波警報を出し,チリでの地震発生からほぼ丸1日たった夕方に,気仙沼など三陸沿岸で1m以上の津波が観測された。気仙沼では津波が街の中に押し寄せて道路が冠水したり住宅や商店が浸水被害を受けた。

大津波警報を受けて,住民がどの程度避難するのか注目していたが,避難指示・避難勧告を受けて実際に避難した人が6%ほどというのは,予想外に少ない人数で驚いた。中には津波に乗りたいとサーフィンをしている人も1000人以上もいたということで,これにはもっとビックリした。

▼学校で防災教育がなされない現状 

気象庁から出された情報にしたがわない住民が多かったのには,いろいろな原因があると思うが,その中の教育の側面を私は問題にしたい。皆さんは,学校生活の中で防災教育を受けた記憶があるだろうか? 単なる避難訓練(緊張感なくゾロゾロと教室からグラウンドに出るあの訓練)ではなく,地震や津波はなぜ起こるのか,それが起こるとどうなるのか,被災しないためにはどうすればいいか,過去の地震や津波でどのような被害が起こったのか,などを,学校の先生から学んだ記憶がありますか?

火山や地震がどういうものかは,中学校の理科で少し学んでいるはずだが,それを「防災」という観点で学んでいる人はほとんどいないのではないだろうか。学校のカリキュラムの中で「防災」というのは位置づけにくい分野なのだ。自然現象の側面があり,社会のしくみや人の暮らしという側面もあって,既存の教科の枠に収まらないからである。

世界中で起こる地震の10に1つは日本で起こると言われている。地震が海底で起これば津波も起こる。地震や津波だけでなく,火山噴火や台風による風水害も毎年のように起こる。日本は自然災害の見本市のような国なのに,そういう災害を防ぐための教育は非常に貧弱なのが現状だ。

▼防災教育を学校に! 

例えば,今回のチリ地震でサーフィンをしていた人が,それ以前にこういう映像を見たことがあったとしたら,それでもサーフィンをしに行っただろうか?

Tsunami(2004)
http://www.archive.org/details/tsunami

この映像は,2004年のスマトラ島沖地震の際にプーケットで撮影された津波の映像だ。突然やってきた津波であっという間に流されていく2人の海水浴客。レストランの家具は浮かび,ガラスの割れる音がする。高校で理科総合Bを教えていたとき,科目の守備範囲からちょっとはずれるけど地震や津波の防災について深入りし,このビデオも必ず見せていた。

この映像を見て,それでも津波に乗れる,人の生死がかかった中でも自分は楽しみたい(命をかけて)と思う人がいるならそれを止めることはできないが,そんな人が日本に1000人以上いるとは思いたくない。

今回の大津波警報でも逃げなかった人,あるいは第一波の津波の低さを知り家に戻ってしまった人,そしてサーフィンをしていた人…津波に対する無知がそのような無謀な,自分だけでなく他の人をも命の危険にさらすような行動につながるのだとしたら,教育によって彼らの行動を変えていくことはできないだろうか?

▼みやぎ防災教育基本指針 

宮城県では,昨年度「みやぎ防災教育基本指針(PDF)」という計画をまとめ,冊子にして各学校に配布した。その中には,幼稚園から小中高校の発達段階に合わせた防災教育の指導系統図があり,自分の身を守る知識や技術や,被災した社会を立て直すための行動ができるところまで,教科横断的・総合的に指導することが示されている。

防災担当者の会議でこの内容が説明されて,本年度から実施されることになっているが,現場の動きは予想以上に鈍いと感じている。宮城県は「次の宮城県沖地震」がいつ起きてもおかしくない状況にあり,それほど猶予があるわけではない。このまま無策,無教育で地震が起きてしまって,多くの被害を出すのであれば,前回の宮城県沖地震や阪神大震災などの教訓がまったく生かされないということだ。

宮城県の地学の教員も,これではいけないと思って,防災教育に使えるデータやプレゼン資料を収録したCD−ROMを作成して県内の各高校に配布している。こちらの利用状況もはかばかしくないが,今はこれをもっと使ってもらうために,パンフレットや指導案づくりに取り組んでいるところだ。

私も今まで学校の仕事で忙しかったが,なんとか一段落したところで,今日はこの地震防災に関する仕事に取りかかる。さあ,がんばるぞ〜!

2010年1月31日 (日)

Order of magnitude で比較するという感覚

Twitter で ソフトバンクの孫正義さんのつぶやきをフォローしている。昨日の,30年後のパソコンの性能を予測するという話の文脈で,こんなことをおっしゃっていた。

自転車と新幹線の速度差は、わずか20倍。速度の想定が100倍違うと「何がやれるか」が異なる

つまり,将来のパソコンの性能をできるだけ正確に予測しないと,事業の計画は立てられないというわけだ。

自転車と新幹線の速さが20倍しか違わないというのは,ちょっとした驚きだ。でも,自転車がだいたい時速15km,新幹線が時速300kmだから,確かに20倍だよね。ちなみに徒歩は時速4kmぐらいだから,だいたい新幹線は徒歩の100倍。

 徒歩:  4km/h →10の0乗
自転車: 15km/h →10の1乗
新幹線:300km/h →10の2乗

それぞれの速さの桁数だけ考えていくと,このようにだいたい10倍ずつになっている。こうやって桁数の違いで比較していくときに,order of magunitude という言葉を使ったりする。しばらく忘れていた言葉だが,孫さんのつぶやきを読んで久しぶりに思い出した。

この order of magnitude という言葉は,大学や大学院で鉱山の研究をしていたときに,指導教官だった大本教授からよく言われていた言葉だ。

例えば,ある鉱山の銅の埋蔵量が100万トンぐらいあったとする。この銅がいったいどこからやってきたのかというのが,鉱山の研究のひとつのテーマとなる。考えられる答えは3つぐらいあって,地下のマグマ,周囲の岩石,海水のどれかだろうという予想はすぐに立つ。

そこで,いろんな証拠から考えて,おそらく周囲の岩石に含まれていた微量の銅が,マグマの熱によって生じた熱水循環によって溶かされ,今の場所に集められたという仮説を立てる。

そのときに,まずは桁数のレベルでその仮説に矛盾がないかを検討するのだ。熱水が通過したと思われる岩石の体積を,だいたい5km平方×深さ5kmと想定すると,体積はだいたい100立方kmとなる。鉱山周辺の岩石にもともと含まれていた銅の量が100ppmだとすると,100立方kmの岩石に含まれる銅の総量はだいたい3000万トンになるはずだ。

そうすると,周囲に存在する銅のほぼ10%を集めてくれば,その鉱山ができるということになり,order of magnitude のレベルでは,今の仮説でそれほど違和感がないということになる。これがもし,周囲の岩石の銅をすべて集めても足りないという計算になれば,何かがおかしいと言うことだ。

こんなふうに,おおざっぱに計算しながら桁数で比較していくことで,大まかに量的関係をとらえることができる。しばらく忘れていたけど,こういう思考はけっこう便利なので,ちょっと忘れないようにしようと思った。

2010年1月11日 (月)

「なぜ」と問うな,「どうやって」と問え!

ワールド・カフェやAI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)の本を読んでいて改めて思うのは,いい問いを発するところからいい学びが始まるということ。

そんなことを,そう言えば大学院時代に理科教育法で教わっていたっけ。

理科教育法で習ったのは,授業は「発問と教示の系列」であるということ。そして,教えたいことについて,生徒が持っている誤った知識や概念を利用すること。

例えば「すべてのものに弾性がある」ということを教えるとき,生徒が「絶対これは弾性はないだろう」というものを取りあげて授業を組み立てる。「これは絶対弾性がないだろうと思うものは?」と聞いて「ガラス」という返答が来たら,おもむろに演示実験を開始する。

実験用のスタンドを2つ用意し,細いガラス管を横にして渡し両端を固定する。ガラス管の真ん中におもりを少しずつ引っかけていくと,ガラス管は次第にたわんでくる。試しにおもりを外すと元に戻る。ガラスにも弾性があった! ここで生徒はちょっとビックリする。

でも,演示実験はそれでは終わらない。どこまで曲がるか? どんどんおもりを足していくと,あるところでガラス管が折れておもりが実験台に落下する。その時生徒はもっとビックリする。生徒にドキッとさせることも大事だと,そのとき教わったっけなー。

また,生徒に発問するときに「なぜ」「どうして」と問うてはいけないということもきつく言われた。「乾電池を2つ直列につないだら豆電球は明るく光りました。なぜでしょう?」ではダメ。「ここに豆電球と2つの乾電池があります。これで豆電球を最も明るく光らせるにはどうしたらいいでしょう?」と聞く。「なぜ」という問い方は,聞いた方が何を求めているのか曖昧で,答えるのが難しい。

理科教育法で習ったことをいろいろ思い出したが,振り返ってみるとあまり自分の授業には生かされてなかったな〜(汗)。もったいない…。

でも,MAPで生徒たちの学びをサポートしたり,教師の自主研修をファシリテートするようになって,あらためて自分の「問い」の質を上げる必要性を感じている。20年前に学んだことが,今,意味を持って自分の前に立ち現れたということかな。

2010年1月10日 (日)

ベテルギウスに超新星爆発の兆候!?

昨日,台所の勝手口を開けて外を見たとき,南東の方向にオリオン座がきれいに輝いていた。オリオンの両肩と両足に位置する4つの星と,腰の位置にある3つの星の並びがとても整っていて,冬の星座の中でもひときわ目立つ存在だ。

そのオリオン座の右肩に位置するベテルギウスという赤い1等星が,近々超新星爆発を起こすかもしれないというニュースには驚いた。ベテルギウスの表面がデコボコしている画像が公開されたとのことだが,自分が生きているうちに恒星の表面の様子まで分かる時代が来るとは思わなかった。21世紀的!

ベテルギウスに爆発の兆候 大きさ急減、表面でこぼこ(asahi.com)
http://www.asahi.com/science/update/0109/TKY201001090278.html

オリオン座の1等星「ベテルギウス」で、超新星爆発へ向かうと見られる兆候が観測されている。米航空宇宙局(NASA)が6日に公開した画像には、星の表面の盛り上がりとみられる二つの大きな白い模様が写っていた。この15年で大きさが15%減ったという報告もあり、専門家は「爆発は数万年後かもしれないが、明日でもおかしくない」と話す。

ベテルギウスはオレンジ色に輝く星で,「赤色巨星」と呼ばれる星のひとつだ。赤色巨星というのは寿命が近い年老いた星だ。燃料である水素が足りなるとともに,中心部に核融合によってできた燃えかす(ヘリウム,炭素,ネオン,酸素,ケイ素,鉄)がたまっていく。その過程で星はどんどんふくらんでいき表面温度は下がっていく。ベテルギウスの大きさは太陽の1000倍くらい,表面温度は3500度(太陽は6000度ぐらい)だ。表面温度が低い分,色も赤くなる。(星の温度は赤色→黄色→白色→青色の順に高くなる)

そして,ベテルギウスぐらい大きな(重い)星になると,一生の最後に大爆発を起こす。これが超新星爆発だ。「新」星と書くけど,実は「死」の瞬間だ。ベテルギウスがもし超新星爆発を起こせば,しばらく非常に明るく輝いた後,見えなくなっていく。オリオンの右肩がなくなってしまい,星座として形を保っていられるかちょっと心配。

ベテルギウスは地球から640光年離れているので,今,私たちが見ているベテルギウスは640年前の姿である。もうベテルギウスはなくなっているのかもしれないということか…。真実はいかに?

2010年1月 7日 (木)

防災教育と防災行動の間にある深い溝

昨日は宮城第三女子高等学校で行われた地震防災教育専門委員会に出席した。

この委員会は,宮城県の高校の地学教員でつくっているものだ。次の宮城県沖地震が間近に迫る中,防災教育に使える資料を提供しようという目的で活動している。防災教育で使うためのプレゼン資料や,地震の被害写真,津波や地震動の動画,防災訓練に関する資料などをパックにした CD-ROM を2年前に各高校に配布した。

しかし,やはり CD-ROM を送りつけるだけでは,それを有効に活用してはもらえない。昨日の話し合いは,この CD-ROM をいかに活用してもらうかが焦点だった。宿題が3つできたので,次の話し合いまでにがんばらないと!

ところで,話し合いの中で,私は少し別な角度から考えていたことがあった。

それは,防災教育が各自の防災行動になかなか結びつかないということだ。今,行われている防災教育は,災害の悲惨さを伝えて防災意欲を喚起し,そのための知識を与えるというやり方で行われている。でもそうやっておどかされても,ほとんどの生徒は家に帰った頃にはそれを忘れてしまうのである。(高校生に限ったことではなく大人も同じ)

こちらに興味深いアンケート結果がある。最近地震を体験した人に「地震を経験したことによって、あなたの防災意識(地震対策)に変化はありましたか?」と聞いているのだが,変化があったと答えたのは全体の4割にとどまっている。直接地震を体験した人ですらこの程度である。

防災意識(地震対策)についてのアンケート
http://reposen.jp/2858/4/20.html

宮城県沖地震は必ず起こる。そして,防災対策をしていれば,被害を最小限に抑えることができる。さらに,高校生は次の宮城県沖地震が数年後〜10年後に起こったら,率先して社会を引っ張っていく立場にいる人たちである。教えては忘れるという防災教育ではなく,自分の行動が変容し,地震のときに本当に役に立つ防災教育をしたい。

全国的に有名な宮城県第三女子高等学校の音楽部の合唱練習を聞きながら,こんなことを考えていた。2010年の私の仕事始めである。

みやぎ防災教育基本指針
http://www.pref.miyagi.jp/supoken/gakkouanzen/みやぎ防災教育_本文_軽.pdf

地震防災教育専門委員会(IDとパスワードが必要)
http://hiroy.kir.jp/jisinbousai/

2009年12月17日 (木)

日本の次世代スパコン,2500台のプレステ3スパコンに勝てるか!?

事業仕分けで「2位じゃダメなのか?」などと無駄扱いされた次世代スパコン。結局は40億円の削減で事業が継続になったようだ。

スパコン、40億円削減で決着へ
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/091216/fnc0912162032018-n1.htm

一方,アメリカからは,たいへん面白いニュースが飛び込んできている。

アメリカ空軍がソニーのゲーム機プレステ3(PS3)を2500台も買い込んで,それで日本で最も性能の良いスパコン,地球シミュレーターの数倍もの速さのスパコンをつくろうとしているらしい。ハードウエアのお値段は1億円以下である。

さて,228億円の予算を投入する我が国の次世代スパコンが,ゆめゆめ1億円以下のプレステ・スパコンに負けることのないようにしてもらいたい。日本の頭脳が試されている。

Life is beautiful
米国空軍がPS3 2500台で380TFLOPSのスパコンを作ることにしたらしい
http://satoshi.blogs.com/life/2009/12/ps3-380tflops.html

2009年11月22日 (日)

有権者は科学・教育予算を「無駄だ」と思っているのか?—事業仕分け

科学や教育に「効率」という言葉はなじまない。

2008年のノーベル化学賞を受賞した下村博士。受賞の大きな理由になった「オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の発見」は1962年(実に半世紀前)の研究成果で,当時はその後の医学や生物学に大きな貢献をする偉業だとは誰も分からなかった。

教育も同様だ。「教育は国家百年の計」と言われるように,学校で日々行っている教育は,その子の「今」を豊かにすると同時に,その子が将来社会に貢献できる立場になったときに,社会のために持てる力を発揮してもらうために行っている。その生徒に何かを語りかけるとき,教師が見ているのはその子の30年後の人生だ。

長い目で見ていかなければ本当のことが分からない科学や教育を目先の「効率」で評価すれば,下村博士のオワンクラゲの研究も「無駄」であり,その後の医学の発展もなかったかもしれない。電球を発明するために1万回も失敗したエジソンの努力も,目先の効率でいえば「無駄」ということだ(年度内に「成果」がでなければね)。

科学や教育は,逆に言えば,ある意味「無駄」がなければ成り立たないものじゃないのかな〜。一見「無駄」に思える多くの「失敗」を土台にして,科学は進歩するし,人は成長するのだから。

事業仕分けで,科学や教育に関連した予算が次々に切り捨てられているようだが,有権者(私たち)は科学や教育を事業仕分けという効率論のまな板に載せることを,望んでいるのだろうか。むしろ「コンクリートから人への投資」というスローガンに共鳴しているのではないか。予算を減らすことだけにしゃかりきになって,大切にするべきものを見失うようでは民主党政権の先がおもいやられる。

999回失敗しても、1回うまくいけばいい。それが発明家だ。失敗は、うまくいくための練習だと考えている。———チャールズ・ケタリング

感染症関連4学会が「事業仕分け」に抗議 海外拠点予算削減で
http://www.nikkei.co.jp/news/sha...(以下略)
感染症ネットの事業仕分けに懸念 廃止すれば日本の信用失墜
http://www.47news.jp/CN/200911/CN20...(以下略)

事業仕分け:山響の学校訪問事業、危機 生演奏聴く体験、継続願う声
http://mainichi.jp/area/yamagata/new...(以下略)
仕分け、山響困った 学校公演事業の予算縮減
http://www.kahoku.co.jp/news/2009/11/20...(以下略)

行刷会議のワーキンググループで、この事業は「国が子どものためだけに事業をすることは必然性に欠ける」として、10年度予算の概算要求では「圧倒的に予算を縮減したい」と評決された。

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