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防災

2015年8月17日 (月)

根尾谷断層の観察

岐阜本巣特別支援学校の講演からの帰り道,同じ本巣市にある根尾谷断層に寄った。根尾谷断層といえば,高校の地学の教科書には必ずと言っていいほど写真が載っている,世界的に有名な断層である。

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1891年(明治24年)10月28日朝6時半過ぎ,推定M8.0の直下型地震(濃尾地震)が発生し,この本巣市根尾周辺は震度7の激震に襲われた。朝ご飯を食べているままの状態でつぶれた家から発見された犠牲者もいたほど,あっという間の出来事だったようだ。その激震によってこの地域には大きな断層があらわれ,そのずれ幅は,中地区で左に7m,水鳥(みどり)地区では垂直に6mもの大きなずれだった。この地震によって断層が発生したことは,後に地震の原因が断層活動であると分かるきっかけとなった。

そのような貴重な断層を,いつかこの目で見てみたいと思っていたが,今回やっとその願いが叶うことになった。

私は,今まで教科書にある写真を見て正断層だと思っていたのだが,今回現地で観察したところ,それは大間違いであることが分かった。基本的には左横ずれ断層。それがよく分かるのが,根尾中学校を少し北に行ったところにある中地区の畑である。断層で約7mずれたお茶の生け垣が今も保存されている。畑の境界もそれぞれ数mずれてしまった。お茶の生け垣のすぐそばで土地の持ち主の方が農作業をしていたので話を聞いてみた。お茶は自分が飲むために栽培しているのだという。また,地震でずれてしまった土地は,ずれたままの形で所有しているとのこと。そのおかげでこうして今も地震の爪痕を見ることができるのだが,生活には不便だろうな~。



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左:現在の写真。お茶の生け垣がグイッと曲がっているところが横ずれ断層。約7mのずれ。今は小屋が建ってやや見にくくなった。
中:小屋の建つ前の写真。
右:ここにある説明板。

有名な断層写真で知られる水鳥地区の方は,垂直に6mもずれた縦ずれ断層。本当なら横にずれたかったのだが,ここで断層が曲がっているために横にずれることができずに縦ずれになった部分。古い有名な写真を見ると断層崖が傾斜しているように見えるが,これは表面付近の柔らかい礫層が崩れたためのもののようだ。断層観察館でトレンチを見ると,見事に垂直な断層であることが分かる。切れ味の良い包丁でスパッと切ったような断層面は,見応えがあった。断層面に接している礫は,引きずられて立っている。

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左:根尾谷地震断層観察館の反対側の展望台から見た根尾谷断層。有名な写真とほぼ同じ角度からの眺めとなる。
中:断層の近くにある記念写真の場所。
右:そこから振り返ると,根尾谷地震断層観察館がある。

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左:根尾谷断層のトレンチ。断層面に接している礫が引きずられて立っている。
中:左の写真の断面の地質構造。
右:6m隆起した側から断層観察館を望む。道路に段差があるのが分かる。(逃げ水で少しずれている)

岐阜本巣特別支援学校で「防災の日常化」講演

8月3日に,岐阜本巣特別支援学校の校内研修会で,「防災教育の日常化」のお話をする機会をいただきました。

前回,滋賀県での内容から,また少し内容を変えています。その後に起こった災害を取り上げ,東北大学の研究で明らかになった「災害を生き抜くための8つの生きる力」を追加し,先方からのリクエストで震災時の特別支援学校の様子について盛り込みました。

下のリンクをクリックすると,ブラウザでプレゼンを見ることができます。Prezi中の小さい文字や写真等は,クリックすると拡大します。

下の Start Prezi をクリックすると,この枠内で見ることもできます。下のフルスクリーン・アイコンをクリックするとフルスクリーンになります。

2015年1月28日 (水)

滋賀県防災教室指導者講習会IIにて「防災教育の日常化」プレゼン

1月27日に,滋賀県栗東市の栗東芸術文化会館SAKIRA(さきら)を会場に,「滋賀県防災教室指導者講習会II」が行われました。その中で,またまた「防災教育の日常化」についてお話をする機会をいただきました。前回の全知P連の内容に若干の修正を加えています。

http://prezi.com/fffzlogcsith/?utm_campaign=share&utm_medium=copy&rc=ex0share

Prezi中の小さい文字や写真等は,クリックすると拡大します。

下の Start Prezi をクリックすると,この枠内で見ることもできます。ちょっと小さいですが…。

また,時間の関係で最後の「情報提供・豆知識」のところを話せませんでしたので,ここに話そうと思っていた原稿を掲載します。「続きを読む」をクリックしてください。

続きを読む "滋賀県防災教室指導者講習会IIにて「防災教育の日常化」プレゼン" »

2014年11月30日 (日)

全知P連連絡協議会「クロスロード」体験

2014年11月30日(日)に東京・都市センターホテルで行われた全知P連(全国特別支援学校知的障害教育校PTA連合会の連絡協議会で,クロスロードの体験をしました。

問題は,市民編,要援護者編,宮城野編から5問。どの設問でも,イエスノーカードをオープンしたときは歓声があがり,その後の話し合いもたいへん盛り上がりました。

イエス/ノーカードと青座布団・金座布団は,期待に反して回収してしまい申し訳ありません。私物なので…。

京都大学生協で,クロスロードの神戸編・一般編,市民編,災害ボランティア編を購入することができます。5人分1セットが2,057円+税,20人分1セットが7,200円+税になります。これに送料と代引き手数料が上乗せされます。このセットを買うと,イエス/ノーカードと青座布団・金座布団も付いてきますので,ぜひこちらから手に入れてください。

http://www.s-coop.net/rune/bousai/crossroad.html

クロスロードのゲームの進め方はそれほど難しくありませんので,今日体験していただいたようにやっていただければいいのですが,もう少し詳しく知りたい,応用編も知りたいという方には,クロスロードのガイドブックが参考になると思います。

「防災ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション-クロスロードへの招待」
発行:ナカニシヤ出版 本体価格 2,000円 税込組価1,944円
著者:矢守克也・吉川肇子・網代剛

それから,最後に紹介した,今年12月23日(火・祝)に行われる「1000人のクロスロード」のサイトはこちらです。

http://crossroad2014.jimdo.com

全知P連連絡協議会「防災教育の日常化」プレゼン

2014年11月30日(日)に東京・都市センターホテルで行われた全知P連(全国特別支援学校知的障害教育校PTA連合会の連絡協議会で,「防災の日常化」という講演をしました。

その時のプレゼンをこちらからご覧いただけます。
Prezi中の小さい文字や写真等は,クリックすると拡大します。
下の Start Prezi をクリックすると,この枠内で見ることもできます。ちょっと小さいですが…。

取り急ぎアップします。
後ほど文章を追加します。

2013年6月15日 (土)

6月12日:震災体験を伝えるということ

6月12日。1978年宮城県沖地震の起きた日です。当時小学6年生。地震の揺れは私が暮らしていた日本海側の鶴岡市にも伝わってきました。鶴岡では震度IV。東日本大震災を体験するまで,私の経験した最も大きな地震でした。

私が小学生だった1970年代の鶴岡は,1964年に起こった新潟地震の記憶がまだ鮮明で,避難訓練の度に担任の先生が新潟地震の経験の話をしてくれました。校庭で地割れが起こってこどもが挟まったという話には恐怖を覚え,宮城県沖地震の時に小学校の校庭で野球をしていた私は,この足下の地面が裂けたらどうしよう…と心配しながら三塁ベースの近くで揺れに身を任せていた記憶があります。

時が経って宮城県で高校の地学の教員になり,地震の単元になるときには,宮城県沖地震のときに何をしていたか,と周囲の先生にインタビューをして,それを単元の導入で使わせてもらっていました。修学旅行の引率中で,旅行先で一晩を過ごして仙台駅に帰ってくるまでがとても長かったと教えてくれた女性の先生,もう退職されているけど元気かな。幼稚園児で仙台市ガス局のガスタンクが爆発したのを見ていたという養護教諭の先生,フルーチェを作っている最中に地震が起き,地震後に台所に戻ってみたらフルーチェの中に棚からいろんなものが落ちていて悲しかったと言っていた講師の先生。そういう一人一人のエピソードは記憶に残って忘れられないものです。

うちの学校では今年から「学校安全計画」をしっかりと作成して,それに基づいて防災教育を行っています。6月12日(の前後)には,宮城県沖地震のことを朝のHRや帰りのHRで教えるということになっていて,うちのクラスでも,その指導を行いました。

朝の会では,女性の担任の先生から(小学1年生だったそうです),お友達がブロック塀の下敷きになって亡くなった話と,おばあちゃんの畑が液状化で大変なことになったという話がありました。私からは,帰りのHRのときに,宮城県沖地震の概略について(マグニチュード,震度,死者など)を東日本大震災と比較しながらお話しした後,ホワイトボードにブロック塀が壊れる絵を描いて,道路で地震が来たら何に気を付けるか,問いかけながら伝えました。

宮城県沖地震は,県民の多くが体験していて,それぞれにストーリーがあります。こういうストーリーを,さまざまな機会を捉えて伝えていくことが大事なんじゃないかなと思います。しっかりと授業時間を設定して行う防災学習も大切だけど,朝のHRなどのちょっとした時間に語られるストーリーにも,同じように力があると感じた6月12日でした。

2012年8月 7日 (火)

【沖縄まとめ2】戦災と震災

沖縄旅行2日目の午前中に,沖縄県平和祈念資料館とひめゆり平和祈念資料館を訪れた。開館時間の9時に平和公園の駐車場に到着。そこから式典広場,平和の礎と歩いて行き,海を見渡した。

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最初は私と息子の2人で観覧する予定だったが,結局4人でチケットを購入して資料館に行ってみることになった。小4の娘はちょっと疲れ気味で,ビデオを見るための長いすに横になったりしていたが,中1の息子のほうは沖縄戦のビデオや写真やいろいろな資料を熱心に見ていた。体験談の書見台では,声をかけるまでいくつかの椅子に座って,体験談を集中して読んでいた。連れてきてよかったな~。

私がこの施設に来るのは新しくなってからは3回目。戦争の悲惨な展示から,戦後の展示になると毎回心からホッとする。私は今回,「戦災と震災」をどこかで比較しながら見ていたように思う。沖縄戦における日米両軍及び民間人を合わせた地上戦中の戦没者は20万人,東日本大震災での死者不明者は2万人。犠牲者数はけた違いではあるが,戦災と震災,平和教育と防災教育,どこか似ているなと感じた。

何が似てるんだろう。仙台に戻ってからちょっと考えてみた。

1)戦災の被害者は,平和がどれだけ大切か骨身にしみている。震災の被災者も,当たり前の日常の大切さ,次の地震で被災しないための準備の必要性を痛感する。ところが,その痛切な思いが,体験していない人にはうまく伝わらないこと。

2)震災展示も戦災展示も,現実に起こった悲惨な事実を知らせる過去についての展示であること。でも,それを見ただけでは,悲惨だという気持ちにはなっても,なかなか自分の問題としてとらえられないこと。言い換えると,展示を見ただけでは,自分のその後の行動に変化がないこと。

3)展示は過去の出来事が中心だが,平和でありつづけるにはどうするべきか,次の地震で震災が起きないためにどうするべきか,本当に大切なのは展示を見た一人一人の今,そしてこれからのありかたであること。

こんなふうに考えたのだが,どうだろう。

戦災や震災を繰り返さないためにどうするかという視点や方法は,それぞれの人によって多岐にわたるだろうから,それを含めて展示するというのは難しいのかもしれない。だけど例えば,今現在,戦争が世界の中でどうなっているのか,日本の中で反戦がどのように語られ,行動されているのかなど,「今」の展示があって,あなたはどうしますか? どう考えますか? という問いかけがあったらどうだろう。同じことを震災に当てはめると,それはどういうことだろう。

       ◇        ◇        ◇

Img_1910企画展で「絵本が語りつぐ戦世(イクサユー)」をやっていた。息子はここにもすっかりはまっていた。紹介されていた絵本の中で,『水をください』(文・たかはしのぶこ、絵・安室ニ三雄;沖縄時事出版・頒価700円)と『火種を消すな』(文:南風原春子 絵:磯崎主佳;沖縄県退職教職員会女性部 沖教組教育研究所)が印象に残った。でも,調べてみると,これらの本はなかなか手に入りにくいようだ。仙台市図書館にも宮城県図書館にもない。仙台に帰ってからしっかり読みたかったのだけど,残念。

       ◇        ◇        ◇

Img_3888沖縄平和祈念公園からひめゆり平和祈念資料館へ。

資料館の外廊下に観覧者の感想が何枚か貼られていて,その中に宮城県から来た看護師さんの感想があった。つい先日まで高校生だったんだろうなと思えるような字だ。感想には,震災時に病院にいて,津波に流されてきた人が次々に運ばれてくる中で働いていたと書いてあった。トリアージをして助かる見込みのない人には,それ以上治療ができなかったそうだ。資料館の展示を見ながら,当時の自分とダブって泣いてしまったとのこと。この感想を読んで,人の命が不条理に失われるという点において,戦災と震災は同じなんだなと改めて思った。

2012年3月25日 (日)

ホームページ「防災主任の学習室」立ち上げ

この度,「防災主任の学習室」という新しいホームページを立ち上げた。

防災主任というのは,宮城県教育委員会が,この4月からすべての県立学校に配置することにした防災担当教諭のこと。東日本大震災を受けて学校防災が大きく見直される中で新しく導入された役割なので,仕事の内容などはまだ明確になっていない。報道などによれば,おおよそ次のような役割になると思われる。

・防災面で学校と地域の橋渡し役(保護者,町内会,消防等との連携)
・災害に備えた緊急物資の確保など学校の防災機能強化と地域防災拠点機能の強化
・児童生徒の防災教育や避難訓練の企画・運営(自分で自分の命を守る主体性の育成)
・教職員向けの校内研修の企画・運営
・学校が避難所になった場合の運営サポート

県教委では,市町村教委にも配置を要請していて,4月から防災主任となる教諭は750名にも及ぶ見通しだ。その750人がどのような顔ぶれなのか興味があるが,おそらく,その中の相当程度の先生は,理科の教員ではないし,地学や自然災害の知識が特に高いわけでもないだろう。各校に1人しかいないので,学校で誰かに聞くわけにもいかず,前年度のファイルがあるわけでもない。学校では孤立無援。

となれば,学校の枠を越えて,防災主任同士が横のつながりを深めることで,なんとかやってていくしかないではないか。というわけで,インターネット上に防災主任が集える場があるといいなと思って作ったのが,この「防災主任の学習室」である。

同時に,Facebookには「防災主任の喫茶室」という秘密のグループもつくった。こちらは,私とFacebook上でつながりのある防災主任の皆さんに声をかけて,少しずつ参加者を増やしているところ。非公開の場で,いろいろやりとりができるといいなと思ってつくった。

学習室と喫茶室の2つの場を活用しながら,4月から始まる防災主任の仕事をしっかり務めていきたい。

2012年3月20日 (火)

「人が死なない防災」(片田敏孝・著)

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片田敏孝・著
集英社新書

「釜石の奇跡」で知られる群馬大学教授・片田先生の新刊である。釜石の小中学生への防災教育がとても有名になったので,本書の内容も防災教育に関するものかと思うかもしれないが,それだけではない。題名の「人が死なない防災」の人というのは,子どもたちはもちろん,地域の人々全員を意味している。なので,本書の中で紹介される事例も,こどもたちのことだけではない。

災害によって地域の人が一人も死なないためにどうすればいいか。それを解く鍵は「主体性」にある。裏返すと,今の日本で生活している人は,昔の日本人より防災に対する主体性がないということだ。

どうしてそんなことになってしまうのか。自分はどうなのか。ぜひ,本書を手にとってお読みください。

Amazon「人が死なない防災」

■群馬大学・広域首都圏防災研究センター
 速報:釜石が繋いだ未来への希望−子ども犠牲者ゼロまでの軌跡−

3.11 キヲクのキロク −市民が撮った3.11大震災 記憶の記録−

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2011年3月11日午後2時46分に発生した,東日本大震災。
それは,ごく普通の週末,金曜日の午後でした。
東日本大震災発生後,市民は何を見て,どんな想いで写真に収めたのか。
ご提供いただいた18,000枚の写真から,震災の中の生活ぶりを映した1,500枚をセレクト。
「市民力」が集結した,この「3.11」震災記録集を,全国の人々に届けたい。100年後でも忘れないために。

記憶を呼び覚ますたくさんの写真たち。

「あーそうだった,こんな生活だったよね」と当時の記憶が呼び起こさせられる写真があり,一方で「こんなことが起こっていたの!?」と今さらながら驚かされる写真があり。震災後に必死で生きていた市民が,その生活の目線で撮影した写真たちは,記録写真とは違うリアリティがあった。

ドラマティックな手記。

あの震災を体験した一人一人に,それぞれのドラマがある。どれも傾聴に値するストーリーで引き込まれた。震災は多くの人の価値観を変え,行動力を高めた。自分も同じだと思った。

読み応えのある資料編。

地層に記録された津波の痕跡から,仙台平野の1,000年以上にわたる災害の歴史を振り返る,仙台市教育委員会文化財課の木村浩二氏の解説。そして,4年後の災害を見通していたかのような2007年の新聞投書記事を書いたメディア文化史研究家の渡邊慎也氏のお話。とても読み応えがあった。宮城県沿岸部の津波浸水エリアマップも使える資料だ。

市民の力でできあがったこの本。
311の貴重な記録のひとつである。
ぜひ,被災地以外の多くの皆さんに,手にとって,しっかり味わってほしいと思う。

Amazon「3.11 キヲクのキロク」

「3.11」市民が撮った震災記録

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